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***  舞を披露する娘達。  次から次へと切れることなく繰り返される舞を全て見ているわけにもいかず、変な期待をさせないためという意味も込めて、力の気配を感じ取った瞬間だけ確認のように視線をやった。  黒髪の者から、徐々に色素の薄い茶髪の者へと変わっていく。  それでも皆求めていた気配とはまるで違っていて……。  周囲が期待を寄せているな、と思った娘ですら違った。  だが、まさかその娘で最後とは思わなかった。 (見逃した? いや、そんなはずはない。では年齢が違っていた? だが父もそれくらいの年頃だと言っていたはずだ)  自分よりもあのときの気配をはっきり感じとったであろう父が間違えるとは思えない。  驚愕をあらわにしていると、鈴華が名乗りを上げた。  跡取り娘ということで除外されていたはずの鈴華。こうしてそばにいて感じる気配も何となくではあるが違うと感じる。  だが、本人がやる気満々であったのと万が一ということもあった。  長に許可を取り、鈴華の舞も見ることとなる。  鈴華の舞は彼女の自信満々な様子に見合って素晴らしいものだった。  楽のない舞だというのに、その歩の音が、揺らめく薄茶の髪が、楽を奏でているかのように錯覚させた。 (だが、やはり違う)  舞を素直に美しいと思う反面、求めた気配ではないことに瞬時に関心が失せる。 (何故だ? 確かにいると思うのに……。やはり年齢が違ったのだろうか?)  視線は鈴華に向けておきながら、思考は次へと切り替わる。 (こうなったらしらみつぶしに月鬼の女性に舞ってもらうしか……)  そう考え始めた頃には鈴華の舞が終わっていた。  周囲が多大な期待を彼女に寄せているのが分かる。  長はとても複雑そうではあったが、彼女が選ばれると信じて疑っていない様に思えた。  この雰囲気を壊すのは気が引けたが、だからといってあの気配の主を諦めることだけは出来ない。  自信満々な笑みを浮かべながら上座に戻ってくる鈴華を視界に捉えて、困った笑みを浮かべたときだった。――周囲の空気が、一変した。  一変した原因でもある周囲の視線の先を見ると、舞台の上に娘が一人立っているのが見えた。  瞬間、ドクリと心の臓が動く。期待が溢れてくる。  白鼠(しろねず)の色無地に、月下美人の花の刺繡が入った黒地の帯。  他の娘達と比べると質素な出で立ちだが、月明りの下に佇む彼女の髪色にはその素朴さが何よりも合っている気がした。  真っ直ぐな灰色の髪は、煌々とした満月の明かりで白銀にも見える。  そうして静かに舞を始めた彼女に目を奪われた。  鈴華ほどの華やかさも美しさもない。舞の出来とて、事前の彼女と比べると不出来だ。  だが、それでも惹きつけられる。 「燦人様、私の舞はいかがでしたか?」  戻ってきたらしい鈴華が近くに来て何かを聞いてきたが、耳には入ってこなかった。  舞台の紋様がほのかに光り、彼女の気配を感じ取った瞬間燦人は立ち上がる。 (彼女だ……彼女だ!)  焦がれ、求めていた気配。  それが確信となって目の前にある。  記憶よりも弱い力だが、彼女の気配に間違いはない。  その喜びは、歓喜となって心を震わせた。  すぐにでも近くに行きたいが、舞を止めるわけにもいかないとただじっと見つめる。  そうしていると、彼女は突然ふらついた。 (倒れてしまう!)  そう思った瞬間には飛び出し、全力の速度でもって舞台の上に向かう。  何とか抱きとめるとその軽さに少し驚いた。  だが、求めていた存在が今腕の中にいるのだと思うと喜びの方が勝る。 「ああ……やっと、やっと会えた」  感慨深い思いで発した言葉に、彼女が顔を上げた。  驚きに満ちたその顔は、美しいというよりは可愛らしい。  だが、その可愛らしさこそが愛おしく感じられ、燦人は彼女の頬を撫で大事な言葉を告げる。 「ずっと求めていた……あなたが私の妻になる(ひと)だ」  その言葉にひと際驚いたように茶色い目を見開くと、彼女はそのまま気を失ってしまった。  その体が、とても熱かった。
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