転生勇者は溺愛される

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「ミナストリア伯爵。お連れいたしました」  マリエッタ嬢の声に男の横顔が振り返る。俺はハッとして身を硬くした。  真っ黒い髪を長く伸ばし宝石のような青い瞳をした男が立ち上がり、会釈をする。 「お前は昨夜の…」 「昨夜は大変な失礼をしました。ミナストリア・デ・オラーレ・スヴァールと申します。自己紹介すら遅れてしまったことをお詫び申し上げます。  訳あってこちらへお連れする手筈でしたが戯れが過ぎましたことをお許し下さい」  貴族特有の嫌な高慢さを持たない誠心誠意一点の曇もない謝辞だ。  しかしそれは昨夜俺に不可解な暴言を吐いた魔王の手下…だと思っていると男のもの。  訝らない方が難しい。 「様々な調整がありしばし私室にてお休みいただいておりました。不自由はございませんでしたか?」 「いや…不自由はしていない…」  実際は不自由どころの騒ぎではない。  気を失い謎の部屋に缶詰にされそこに魔王がこんにちは、である。が、ミナストリア伯の独特で華やかな雰囲気に押されてぼそぼそとしか話せなかった。 「長旅でお疲れでしょう。転移魔法には慣れておられるかと思いましたが大変な長距離でしたので気を失われてしまったようで。私の腕が至らぬばかりに。…不自由に決まっていますね」  苦笑しながらミナストリア伯こちらに席を勧め、俺の挨拶を「勇者様に挨拶など不要ですよ」と朗らかに笑っているのを見るととても魔界に通じる者とは思えない。  疑いながらも相手のもてなしにとりあえず応じる形をとる。  メイドの淹れた茶を飲みながらの当たり障りのない会話。俺が勇者でなくどこかのご令嬢に転生していたなら茶の種類だのから敵のヒントでも得たかもしれない。  しかし俺にとって茶は茶でしかなく、目の前の男はやりやすい同性というより華であり毒のようだ。 「もっと社交辞令のような会話はお嫌いな方かと勝手に想像しておりました。こんなに楽しくお話いただけるとは」 美貌に似合わぬ気さくさで、ミナストリア伯は微笑んだ。 「私も小さな領土ながら領主になる身です。社交は不慣れですが、慣れていきませんと」 「勇者様は勤勉でおられる。好ましい限りのお方だ」 「いえ…」  なんとも裏のなさそうな様子がかえって気味が悪い。昨夜のはそっくりの別人だと言ってくれたほうがよほどほっとする。 「昨夜のこととお連れした理由はお聞きにならないのですか」 「お聞きしてもいいのなら」  上辺としてはどんな人間なのか探りを入れたつもりだったが、そろそろ聞きたいところだ。  相手からふってくるか。 「色々と…いや、すべてがわからない。ミナストリア辺境伯、このような形で私と妻を連れ去り一体何をなさるおつもりか」  ティーカップは空になったが、淹れようとするメイドを手で制す。 「お話させていただきます」  ミナストリア伯が静かに瞬いた。  空気がぐっと引き締まったように感じた。  
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