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SIDE 魔王
勇者といえば武力に長け、少しばかり粗野なイメージがあるがこの男は違う。
昔からそうだった。例えば同じ年頃の子が棒切を振り回して遊びたい時期にさえ、どちらかといえば好んで本を読み。
喧嘩があれば乗り込むでも無策に仲裁に入ることもなく見守り、適切なタイミングで仲直りを促す。
気質からすれば彼は癒術師や魔術師になると思っていた。それが剣士となり勇者になったと知ったときには驚いた。
そしてその気質は魔王を倒す偉業をなした今でも変わらないらしい。
挨拶の雑談の間も注意深くこちらを確認する理性的な瞳に僕は頬が緩まないよう必死だった。
そう、歴代の粗野な勇者達ならこんな時に茶など飲まずに騒ぎ立てたろう。人の話も聞かずお得意の剣でしかものを語れない。
しかし僕の勇者は違うんだ。
会話をし状況を観察。情報を集め、相手見極める。控えめな表現で相当好ましい。
「実は…我が城の者とマリエッタ嬢は恋仲なのです」
頭を切り替えこちらが深刻に発した言葉に、勇者の表情が固まる。きっと理解できていないのだ。可愛い。と思っている場合ではないがしかし。
「それが…?」勇者は相槌をしぼりだした。
僕は弱ったな、と微笑んで見せる。
「そもそも、マリエッタ嬢は私の婚約者になる予定でした。そのため彼女は我が城への出入りがあったのです。この後は大変情けない話ではありますが、私と婚約するはずの彼女は、あろうことかうちの使用人と恋に落ちたというのです。しかしその直後。彼女は貴方への褒美としてその妻に選ばれてしまった」
「はあ」
「私は婚約者としての魅力にはかける男です。しかし相談相手程度の信頼は得られたのでしょう。彼女に相談されました。どうにかして貴方でなく愛する彼と一緒になれないか…と」
複雑な表情を見せるも、彼はなにか思案しているようだった。
「それで彼女を連れ去ったように見せかけ誘拐の証言者として私を攫ったのか」
そしてポツリとそう言った。
さすが僕の勇者だ。にやりとしてしまわないよう、目を伏せ頭を垂れる。
「ご明察にございます。貴方と彼女は何者かに拐われ、結果どうしようもない事が起こり彼女は亡くなってしまったと」
「証言してほしい、という流れはわかる。しかしただの証言者なら私である必要はない。私との初夜を迎える前に彼女は消え誰にも気づかれぬ間に命を失ったことにすればよかったはずだ」
顔をしかめる彼に胸が一杯になる。
そう。その通りだ。僕の勇者よ。
「確かに。しかしことは複雑なのです。現時点までこの些細な作戦が成功しているのはいくつか
の利害が重なってこそ。
私は彼女にいずれ機会を見て彼と共に他国で生活できるよう計らうと約束しました。
そのためにはもうしばし時間が必要です。全貌はいずれ必ず説明いたします。
どうか今しばらくは彼女を侍女として抱えお守りいただけませんか」
「…なぜ彼女にそこまで」
彼の眉間には深いシワが刻まれていた。それに負けぬほど深いため息が長く漏れる。
そうだな、“彼女”のためではない。でも僕がここまでやってきた理由ならひとつだ。
「“初恋“…なのです。諦められない想いがあるのです。だから私はできる限りの事をしたい」
困ったように微笑んで見せる。
これで騙せぬ者はなかなかいない。しかし彼はどうだろうか。子供の頃よりは誤魔化しがうまくなった自信はあるけれど。
「彼女の幸せのために、か」
まっすぐに問いかける落ち着いた瞳に視線が揺らがぬよう、これまで付けた偽る力すべてをぶつける。
僕は肯定も否定もせずただ微笑んだ。その渾身の切なげなはにかみ笑いに、彼は小さな小さなため息を漏らした。
違うよ。僕はね、僕自身の手で君を幸せにするつもりだ。諦らめる気なんてさらさらないからね。
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