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SIDE勇者
確かに、ただの誘拐とするよりは歴戦の勇者すら足止めを食らう相手に誘拐された、となれば取り戻すことは難しいと思わせるに容易だろう。
捜索の手は早めに引かれ、王から下賜された妻を初夜も迎えず奪われた情けない男として俺の新生活がスタートするというわけだ。
別に俺について情けない噂が立つことはどうでもいいが、領主として、新米貴族としての立ち回りの難易度は上がるだろう。
となると利害のうちひとつには俺の失脚だとかちょっと顔に泥を塗ってやりたいとかいうことが含まれるだろうか。
しかし辺境伯という男はよくつかめない。寝室に忍び込んできたあの様子と庭で会話した時の印象があまりに違って気味が悪いほどだ。
やはり茶など飲んで話をしたところで猫を被られては俺程度の観察眼では如何とも判断しかねる。
ただ注意深く見た時の勘は鋭いほうだと自負している。その勘では、矛盾するどちらの顔も妙な真実味があった。なにが原因か。
いや、それならいっそのこと双子だという方がまだ簡潔だが…。
静かなノックの後、与えられた私室にマリエッタ嬢が入ってくる。
「お茶のご用意をお持ち致しました。退屈なさっているかと思って。私の我儘に巻き込み申し訳ございませんでした」
「我儘…か」
ティーセットの乗ったワゴンが静かにカタカタと運ばれてくる。
「ご納得いかないお顔ですね」
マリエッタ嬢が苦笑した。
「ああ」
ただのご令嬢の可愛いワガママならどれだけ良かったか。
でもこれはなにか違う気がする。
零れそうなため息を飲み込む。
「こちらでの生活にご不満がおありですか」
「この部屋だが」
「お気に召しませんか?」
「私一人で出ようとするとどうにも出られないんだが。なにか知っているか」
マリエッタ嬢はわずかに目を見開き、なにか考えるように目線を斜めにした。
「…それはおかしなお話ですわ」
「辺境伯から聞いていないか」
「伺ってはおりませんが…」
忘れていた、というように茶を入れる手を動かしながら少し黙ると、マリエッタ嬢は何故か呆れたような表情になる。
「ミナストリア辺境伯からは、勇者様のために格別の配慮でこの部屋を用意したと伝えられております。なにか不満があれば都度対応するので要望についても聞いてくるようにと」
「…それならば朝と夕に鍛錬をさせて欲しいな。私はご令嬢のように育ってはいない。部屋に長時間押し込まれてはストレスがたまる」
「しかとお伝えいたしま…いえ、よろしければご自身で伝えられてはいかがですか」
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