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「マリエッタ嬢からお話があると聞いています」
辺境伯は機嫌よさげにティーカップに口をつけた。
「ああそれなんだが。何故私の客室は私一人では出入りできないようになっているのか問いに来た。私が逃げると考えているならそのつもりはない。捕虜としたいのなら逆に厚待遇はやめてくれないか」
目の前のティーカップは心地よい香りで湯気を立てているがとても手を付ける気にはならなかった。
辺境伯はカチャリ、とカップをソーサーに置き「捕虜などとても」と言う。
「申し訳ありませんでした。重ね重ねの非礼、理解の上でした。あんな形で連れてきてしまいましたから、貴方はすぐここを出たがるかと。そうとなれば貴方は容易く人目を避け抜け出してしまうでしょう」
「だから私はここへ留まると言っている。なぜそこまで私を留め置きたいかの理由を聞くのはもう少し待ってもいいと考えている」
「…そうですか。わかりました。私どもの事情へのご配慮に感謝いたします。貴方のお部屋の仕掛けは解除いたします。いくつかご立ち入りいただきたくない部屋もございますが、それ以外はいつ何時何方へ向かっていただいても構いませんただ…」
なにか、と視線で問うと辺境伯の耳が微かに上気したように見える。動揺しているのだろうか。
「ただ貴方がここにいてくだされば。どんな理由でも私は構わないのです。約束いただけますか?黙ってここを出ることはないと」
伏せたまつ毛が長かった。もっともこの世界の住人は大体そうなのだが、自分の顔と比べるといつも感心してしまうものだ。
憂いた表情は想い人であるマリエッタ嬢のことでも考えているのだろうか。華やかな容姿に反してこれほど初恋に執着するとは健気なものだ。
「納得いかない部分も多い。だが丁重にもてなされていることもまたわかっている。朝夕、鍛錬できる場所はあるだろうか」
「広くはありませんが鍛錬場を使ってください。もし宜しければご一緒しても?」
「毎回お相手はできないがいいだろうか」
「もちろんです。勇者様にお付き合いいただけるとは光栄の限りです」
辺境伯は嬉々と破顔した。
俺は複雑な気持ちで見返すほかなかった。
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