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第一章 町工場のジャンヌダルク
僕の勤めている工場は元々消防隊員の訓練施設だったのを、移転に伴い取り壊されるところを箱も土地もそのままで社長が買い取ったそうだ。社長の個人的な趣味なのか、消防訓練を忍ばせる構造物が今も随所に残されている。
筒状の非常通路もその一つだ。丈夫なロープが垂れ下がっていて、それを伝って登ったり下りたりしていたのだと思われるが勿論、今はこの非常通路を使う人間は一人も居ない。
職長のベンさんが、さっきからその非常通路を覗き込んでいる。
「下に誰か居るぞ」
垂れたロープが僅かに揺れているのを凝視しながらベンさんは怯えた表情で言った。
「こんな朝早くに? ありえませんよ」
僕は昨夜の最終退出者が地下の空調を切り忘れ、風がロープを揺らせているのだと推理していた。
「そんなことより、早く電気工作室を掃除しないと。技能実習生に初日から汚い部屋で仕事をさせるわけにはいきませんからね」
ベンさんはまだ地下室から聴こえてくる音を気にしている。
「でも正直、驚きました。こんな時期に技能実習生なんて。そもそも、うちみたいな会社に技能実習生って想像もしていませんでしたから」
二週間ほど前の朝会で社長が突然、技能実習生の受け入れを発表したのだ。
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