第一章 町工場のジャンヌダルク

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「おい。耳を澄ましてみろよ。絶対、誰か居る」 ベンさんはその場から動こうとしない。 「そんなに気になるのなら、階段で降りて確かめればいいじゃないですか? 僕は工作室に先に行ってますから」 そう言って、足を踏み出そうとしたとき、地下に垂れたロープが大きく揺れた。ベンさんは驚き過ぎて尻餅を突くし、僕も身体が宙に浮きそうなくらいビックリした。 思わず、工具棚からスパナとトンカチを取り出して身構える。 「職長。後ろに下がっていてください」 凛々しく盾となる宣言はしたものの、ロープを伝って上がってくるとしたら、そうとうな身体能力の持ち主で、もしかするとプロの強盗犯かもしれない。ガラス窓に映った自分の姿は不格好なになっていた。 ロープの揺れが徐々に激しくなっていく。僕もベンさんも少しずつ後退りして、既に走って逃げる体勢が整いつつあった。 ロープを掴む手が見えた瞬間、僕もベンさんも相手の顔を確認することもなく、背を向けて駆け出していた。 ベンさんは脚が縺れて転倒し、足首を痛めたので、僕が肩を貸し、二人は何とか敷地の外へ脱出した。 やっと一息ついて、恐る恐る会社の方を振り返ると、エントランスを出たところに、作業着姿の女子が二人、土産物のご当地キャラ人形の如く、ちょこんと並んで、一生懸命手を振っているのが見えた。
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