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プロローグ
黒光りする鉄鍋に並べられたぶつ切りのラム肉が、まるで魂が宿っているかのように、油を弾き飛ばし躍っている。
焦げた赤身と焼け残った脂身の食感が画面越しにも生々しく感じられる。
嗅いだことのない半熟魚醤油の香りまで、なぜか昔から知っているような気がしてくるから不思議だ。
映し出されているのはクップマットという郷土料理で、大きな通りでは必ずクップマットの屋台を見掛けるのだそうだ。沢山の屋台が並んでいるが、どれも同じというわけではなく、料理人によって微妙に味付けが違うらしい。
それでも、どのクップマットを食べても懐かしさを感じ、家族と一緒に居るような幸せな気分になれるのは、作る人にもそれを食べる人にも同じ民族の血が流れているからで、それこそが祖国というもののありがたさだと彼女は言う。
この期に及んでもカメラマンがクップマットを撮り続けているのには、壊れていく祖国への狂おしいほどの想いが込められているのだ。
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