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序章 5
次に目を覚ました時、何故か私はベッドの上に寝かされていた。
「え…?私、どうして此処に…?」
起き上がってみると、ここは先ほど祠に向かう途中にあった朽果てた集落の比較的綺麗な状態で残されていた家である事が分かった。
「それにしても…不思議…」
始めにこの家の中へ足を踏み入れた時はベッドはあったが、マットレスも布団も無かった。なのに今私はマットレスの敷かれたベッドの上にいるし、布団も掛けてあるし、ご丁寧に枕まである。
傷が治った事も不思議だったし、まともに寝れる環境でも無かったこの部屋は今迄の牢屋暮らしから考えるとまるで天国の様に感じた。
その時、扉がガチャリと開けられた。私はこの島には誰も住んでいないとばかり思っていたので、驚きで目を閉じ、悲鳴を上げてしまった。
「キャアアッ!」
「やあ、目が覚めたんだね?」
するとすぐ側で子供の可愛らしい声が聞こえ、私は驚いて声の方を振り向くと、そこには金色の瞳に青い髪の美しい少年が立っていた。
「え…?貴方は誰…?」
こんな小さな子供が何故1人でこんな場所にいるのだろう?どう見ても10歳にも満たない子供なのに…。
すると少年は言った。
「僕?僕の名前は『ギルティ』さ」
「え…?『ギルティ』って…」
その名前の意味は確か…。すると私の考えが少年に伝わったのか、彼が言った。
「そうだよ、僕の名前の意味…それは『有罪』。君と一緒だよ。ね?アイリス」
少年は私の顔を覗き込むように言った。その途端、私はギルティと名乗った少年がとてつもなく恐ろしくなり、慌てて身を引くと彼は突如として大きな声で笑った。
「アハハハ…ッ!アイリスッ!何を怯えているの?大体、薄々気が付いているんじゃないの?この島は無人島のはずなのに、人が…しかもこんな少年が住んでいるのはおかしいって!」
「そ、そうよ…。あ、貴方は一体誰?何者なの…?」
震えながら私はギルティに尋ねた。
「あれ?アイリス。ひょっとして震えてる?僕の事が怖いの?」
「…」
しかし私が返事をしないと、ギルティは溜息をつくと言った。
「ねえ…何故僕をそれ程怖がるの?人間の方が余程恐ろしい存在だと思わないの?だってアイリス。君は何一つ悪い事をしていないのに、何の罪も犯していないのに周りにいる愚かな人間達によって陥れられ、全てを奪われただけでなく、罪人としてこの島へ流されてしまったんだよ?しかもここへ連れてこられるまで暴力行為を受けながら。こんな理不尽な事許されていいと思う?僕なんかよりも人間の方が余程、恐ろしい存在だよ…」
ギルティの瞳にはいつしか憎悪が宿っていた。
「ね…ねえ…。何故貴女はそこまで私の事情を知ってるの?それに貴方の今の言葉では貴方は人間では無いのでしょう?そして人間を憎んでいる…。違う?」
私は言葉を選びながらギルティに言った。
「うん、そうだよ。僕は人間をとても憎んでいる。だけど君だけは特別さ。アイリス」
言いながら、ギルティは私の髪に触れてきた。
「まるで金糸のように細くキラキラとした長く美しい髪…そして神秘的なコバルトグリーンの瞳…。その美しい姿が時として周囲の人々を狂わせ、憎ませるんだよ…」
まるで青年男性のような素振りと言葉遣いでギルティは私に触れて来る。
「わ、私の姿が…人を狂わせる…?い、一体どういう事なの?」
私は今迄自分の外見を気にした事は殆ど無かった。何故なら私の家族は皆美しい外見をしていた。そして周りの人達もみなそれぞれ整った容貌をしていたから自分が特別とは思った事等一度も無かったからだ。
だけど…ギルティの言う通り、本当に私が美しいのだとしたら…。
「ま、待って。仮に…美しいのなら周りから好意を持たれるのが普通なんじゃないの?それが何故…憎まれなければならないの?」
私は疑問に思い、ギルティに尋ねた。
「そんな事は簡単さ。だって彼等は皆アイリスの事が羨ましくてならないからさ。美し過ぎる姿は時として周囲の人達をコンプレックスに陥れ…憎まれる対象となる。それがまさに今の君…アイリスの事だよ。まあ最もそれだけが理由じゃないんだろうけどね…」
「そ、そんな…」
思わず声が震えてしまった。するとギルティは美しい笑みを浮かべた。
「そう言えばさっきの質問にまだ答えていなかったよね?何故僕がそこまで君の事情を知っているかって」
「え、ええ…」
「それはね、アイリス。君が眠っている間に頭の中の記憶を覗かせてもらったからさ。…可哀そうに…辛かっただろう?悔しかっただろう?…復讐してやりたいだろう…?」
「復讐…?」
「ああ、そうだよ、復讐だ」
だけど私は首を振った。
「復讐なんて考えていないわ」
するとギルティは驚いた顔を見せた。
「え…?復讐…しなくていいの…?」
「だってギルティの話では彼等がおかしくなってしまったのは私のせいなのでしょう?だったら復讐なんて考えないわ。その代わり私をこんな目に遭わせた彼等を見返してやりたい。この島で生きて、生き抜いて…人生の幕を閉じるの。そしてもしも本当にあの世があると言うのなら、再会した彼らに言ってやるわ。ざまあみなさい、私はあなた達の思惑通りすぐに死ななかった。最後まで誇りを忘れず生き抜いたって胸を張って言うのよ」
そう…私は公爵令嬢アイリス・イリヤ。卑屈な真似も卑怯な真似も絶対にしない。
すると、私の話をポカンとした顔で聞いていたギルティが突然大笑いした。
「アハハハ…ッ!アイリス…やっぱり君は最高だよ!それでこそ僕が認めた価値があるってものだよ」
「え…?認めた…?」
一体ギルティは何を言っているのだろう…?
そしてひとしきり笑い終えたギルティは言った。
「アイリス、今の僕は愚かな人間達によって『ギルティ』という名前を付けられてしまったけど…本当の名前は『アスター』って言う名の精霊なのさ」
「精霊…?」
物語の世界や伝承では聞いた事があったが、まさか今目の前にいる少年が精霊だとはにわかに信じられない。すると私の心を読んだかのようにアスターは言った。
「信じられないって顔してるけど、アイリスの傷を治したのも僕だし、この家にベッドを用意したのも僕の力なんだからね?」
言いながらアスターは空中から銀色に光り輝く指輪を取り出すと、私の右手の薬指にはめた。
「え…?この指輪は…?」
「この指輪は僕とアイリスの間に契約が結ばれた証さ。僕は今アイリスに自分の本当の名を告げた。だからこれからは君が僕の主になったんだ。この指輪を使えばいつでも僕の持てる力を自由に使えるようになるからね」
「そ、そんな…精霊を従えるなんて…!」
しかしアスターは言った。
「僕はね…この島の精霊として静かに暮らしていたんだ。それをある日人間共がこの島を罪人を送り込む島に勝手に決めたんだよ。そして次々と罪人たちが送り込まれてきた。ある日、僕はへまをして彼等に掴まってしまってね…精霊だと言う事がバレてしまったんだ。どういう訳か、罪人の中に精霊使いが紛れていて…僕は奴の手に堕ちてしまった。それから彼等にいいように使われた。地獄だったよ…。だけど仲間割れが起こって精霊使いが殺されたんだよ。それでようやく自由の身になれた僕はこの島にいた罪人どもを全て処罰したのさ」
処罰…その言葉に私は思わずゾッとした。
「そうしたら…精霊王に封印されてしまったんだ…。人を殺した罰として。人間でなければ解けない封印魔法をかけられてね」
「人間にしか…解けない封印魔法…?」
「うん、だけどここは余程重罪を犯さなければ罪人はこの島に送り込まれない島。だから僕は待った。何十年…何百年も…。時々やってきた罪人はいたけど、誰も僕の封印を解いてくれなかった。あの火傷しそうな熱い瓶のせいでね」
「あ…」
確かにあの便は焼けつくような熱さだった。
「だけど、君はそれでも構わずにあの蓋を開けてくれた。まさに僕の救いの女神さまだよ。だから僕はこの先、ずっと君に仕えるって決めたのさ」
アスターは私の手を取ると言った。
「そう…なら…ずっと私と一緒にこの島で暮らしてくれるの?」
「うん、勿論だよ」
アスターは笑みを浮かべた。そして私とアスターの2人きりの島での長く…楽しい生活が始まった―。
****
あれから70年の歳月が流れた―。
今私はアスターに見守られ、安らかな死を迎えようとしている。
私の傍には美しい青年アスターが手を握りしめていてくれる。
「アイリス…僕の声が聞こえてる…」
アスターが悲し気に問いかけて来る。
「ええ…勿論聞こえているわ…。アスター…貴方のお陰で…私はこの島で幸せに暮らせたわ…」
もう目もあまり見えない。耳も近くで話してくれなければ聞こえない。
「アイリス…本当に幸せだったの…?罪人として…こんな島に送られて…」
「でも…貴方に出会えたわ…それに貴方の魔法のお陰で…私の追放後の…彼等の様子も知ることが…出来たし…。結局…王族は滅びてしまったわね…。アスター…あれは貴方の仕業でしょう…?」
「あ…もしかしてばれてた?」
アスターの笑い声が聞こえる。
「勿論…」
「ねえ…アイリス。最後に何か…望みは無い…?」
「望み…そうね…しいて言えば…あの婚約式の…せめて学院に入学した頃に戻れれば…今とは違った生き方が出来たかもね…」
徐々に遠くなっていく意識の中で私は言う。頭もだんだん靄がかかって来る。
「分かったよ…。アイリス。君の願いを叶えてあげる。僕の使える最大の魔法<タイムリープ>をかけて君の望む時間に戻してあげるよ…」
え…?
タイムリープ…?
そして突然私の身体がまばゆい光に覆われた。
「アイリス…僕は必ず君に会いに行くよ…」
アスターの言葉を最後に、私の意識はそこで途切れた―。
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