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第1章 2 アイリスの過去 その1
私専属のメイドであるリリーは私と同じ年だった。彼女が私の専属メイドになったのは2人がちょうど15歳の時だった。
子供の頃から何故か私は貴族令嬢達から距離を取られ、お茶会や誕生会に呼ばれることも無く、友人が1人もいなかった。だからリリーが私の友達となってくれた。
お出かけする時はいつも一緒だった。彼女の休暇日には私の私服を貸してあげた。
彼女は私にとって本当にかけがえのないメイドであり友人だったのに…。
オスカーと私は年齢が一緒で王族と公爵家という身分…たったそれだけの事で5歳の時に許嫁にされてしまったが、お互い一度も顔を合わすことなく18歳になっていた。
それは私がオスカーに会う事をずっと拒んでいたからだ。オスカーの悪い噂は私の耳に良く入って来ていた。
女癖が悪く、気にくわないことがあればすぐに暴力を振るう男だと聞いていた。そんな男性に例え許嫁であっても会いたいと思う女がいただろうか?
だから私はかたくなに会う事を拒否していた。
ただ、結婚だけは親同士が決めた事だったので拒否する事が出来ない。愛の無い結婚でも受け入れるしかないと諦めていた。
そして同じアカデミーに入学して、私とオスカーはその時初めて学園で顔を合わせたのだった。
入学しても私は極力オスカーを避けていた。それがいけなかったのだろう。
悲劇が起こった―。
それは入学して2か月目の事だった。
突然オスカーが我が屋敷に押しかけて来たのだ。しかも獰猛な犬を2匹も連れて。
アカデミーが休みの日、私はガゼボで読書をしていた。
「おいっ!アイリス・イリヤッ!」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはオスカーが鎖で繋がれた二匹の犬を連れて立っていた。その犬はとても巨大で、大きな牙が生えた口からは舌が飛び出し、涎を垂らして血走った目で低くうなりながらこちらを睨んでいる。
「な…なんでしょうか…オスカー様」
するとオスカーは私を睨み付けながら言った。
「お前が俺に生意気な態度を取るから、少し脅しに来たんだよ」
「え…?」
生意気な態度など私は一度も取った事が無かったが、傍にいる犬が怖かったので素直に謝ることにした。
「それは申し訳ございませんでした。そのようなつもりは全く無かったのですが」
しかし、それがよけい気にくわなかったのか、さらにオスカーの顔が険しくなった。
「何だ…?その言い方は…。やはりお前には少しお仕置きが必要なようだな…」
言いながらオスカーは犬の鎖を外しにかかった。
「…」
思わず震えて後ずさった時、私は小枝を踏みつけてしまい、運が悪く折れた小枝が宙を飛び、犬の顔に当たってしまった。
「ウウウウウガウゥッ!!」
途端に小枝が当たった犬は怒り狂い私に襲い掛かって来た。流石にオスカーもこれに焦ったのか、犬を止めようとしたが犬の力が強く、オスカーの手を離れて私めがけてとびかかろうとしたその矢先、私の前にリリーが両手を広げて立ち塞がった。
そして犬はそのままリリーの腕に歯を立てて噛みついた!
「ああああっ!!」
リリーが痛みで叫び、その声を聞きつけた使用人たちが駆けつけてきて、目の前の惨状を目の当たりにした。
大勢で犬を取り押さえ、リリーから引き離した時は彼女は血まみれになって意識を失っていた。
すぐに傷の手当てがなされ、リリーはその後回復したが、狂犬病を発症してしまい、もだえ苦しみながら彼女は死んでいった。
リリーはオスカーの飼い犬によって殺されたのだ。だがオスカーは王族であった為、一切処罰されることは無かった。勿論犬も同様だ。
オスカーはリリーの葬式にすら顔を見せなかった。そして…私はますますオスカーから距離を取った。
そこから私の転落人生が始まった―。
「アイリス様?もう大丈夫ですか?」
泣きやんだ私を見てアイリスは心配そうに尋ねてきた。
「ええ、もう大丈夫よ、リリー」
私は涙をぬぐい、笑顔で答えた。
安心して、リリー。私が必ず貴女を守り抜くから―。
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