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そよ風とチューリップ
「まだ死ねないんです」
僕は自分の"風"としての役目が好きだ。
僕が駆ければ葉や花は揺れ、雲は流れ、この世界は成り立つ。
何より色んな生き物に出会えるし皆の役に立つことができる。
いつものように木々の隙間を駆け抜けていた。
朝露が揺れた葉から弾ける。
いつもの光景だった。
だが、ある場所を通った時にその声は聞こえた。
まるで僕を待っていたかのように、囁かれた声。
「お願いします、まだ死ねないんです」
声の主はチューリップだった。
そのチューリップは今にも折れそうで僕に語った。
「弟がいるんです。
このままでは、私が折れてしまえば弟は蕾のままで、共に死んでしまいます。ですので、そうなる前に、」
そのチューリップは枝分かれしていて弟はまだ蕾だった。
どうやら昨日の嵐で兄の方だけ、折れかけてしまったようだった。
チューリップの兄は、僕の他にも声をかけたようだが皆見過ごし去ってしまい、留まって話を聞いてくれたのは僕が初めてらしい。
僕は悩んだ。もしその選択をすれば僕は今までの生活はできない。だからと言ってこのチューリップの兄弟を見捨てるのは胸が痛む。
「ほんの少しでいいんです。いつもと少し違う角度からでいいんです、お願いします」
チューリップの兄は、弟のために僕に頼み続けた。
その日、僕はいつもと少し違う角度で地を駆けた。チューリップの兄は一人で折れ、弟はもう少しで花が開きそうだ。
あの弟は兄と会うことはないのだろうか。
この選択は正しかったのだろうか。
僕には何もわからない。
僕は自分の"風"としての役目に逆らった。
もう"風"としては生きられない。
生憎この土地に神様はまだいない。
ので、次に僕に与えられた役目は、この土地を守ることだった。
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