雨の散歩道

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雨の散歩道

雨、雨、雨。 重苦しい灰色の雲が、世界に隙間なく蓋をしてしまったみたいだ。 くたくたに履き潰し、酷く型も崩れ、色褪せた元は白色のスニーカーのつま先で、一匹のかたつむりが地面を這っている。 「やっぱ、かたつむりはのろまだな」 なんでこいつに着いて行こうなんて思ったんだろう。 五年前からひとり暮らしをしている古いアパートは、この時期は湿気を含んで、酷くかび臭い。 男一人だと、カップ麺やコンビニ弁当が主食になるが、掃除も億劫で至る所にゴミが散乱し、自業自得とはいえ部屋にいるだけで余計に鬱々とした気分になってしまう。 せっかくの休日。特に予定は無いが、深夜からずっと降り続ける雨にうんざりして部屋を出てきたのだ。 そしたら丁度、アパートの門の前の横断歩道を、一匹のかたつむりが渡っているところだった。 目の前に迫る軽自動車。 呑気に――いや、実は本人なりに急いでいるのかもしれないが――殻を背負って進む姿を見過ごせず、気付けば殻をつまんでいた。 そうして今、俺はかたつむりの後を着いて散歩しているという状況だ。 アパートから田舎の田んぼ道を真っ直ぐに進み、シャッター通りと化した寂れた商店街を抜ける。 晴れていれば、夕方になると野球少年が爽快なバットの打球音を響かせる川沿い。 爽やかな青春の景色は、今は、さあっと降る雨音に消され、霧雨が白く濁らせていた。 川に沿うように大きくカーブする土手の下を歩く。 風の無い雨の午後。右手がだるくなって、嘆息しながら、おもむろに傘を閉じた。 細かな雨粒が、髪を、服を、露出した肌を濡らす。雨と土の濃い匂いがむっと立ち込める。 どれくらい時間がたっただろう。 ずっと灰色の空は、時間がわからない。 時計もスマホも、じめじめの家に置きっぱなしだ。 恐ろしくペースの遅いかたつむりに着いて歩く男の奇妙な光景。 向かいから走って来たママチャリのおばさんに怪訝な目を向けられたのは、顔を背けていてもわかった。
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