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「君、新卒で働いた最初の仕事は給料も良かったんじゃない?こんな大きな会社、辞めて勿体ないって思わなかったの?辞めて介護資格まで取ったのに、結局また辞めたんだ」
「なんで辞めちゃったの」
「やっぱ、だるかったとか?最近よくいるんだよねぇ。面接ではそれっぽい理由付けてるけど、実はなんか合わないとかで辞めてましたってパターン」
「あぁ、こないだ辞めた総務部の子もそうでしたよね。あの子は二か月だっけ。駄目だねぇ。試用期間くらい頑張れないもんかね」
「で、君はどうなの。やる気は?続けられるの?」
矢継ぎ早に交わされる面接官同士の会話から、急に振られて思わず口ごもる。そして答えられなかった。
やる気はあるのか、だって。やる気はあると思う。が、続けられるかどうかは自信は無い。
「ま、とりあえず合否はまた連絡するから」
そう言われて二週間。
パソコンの前の俺は無表情のまま、今後の活躍をお祈りしますという定型文な不採用通知メールを閉じた。
珈琲店の存在を知ってひと月が経つが、殆ど就職活動以外で家から出ていない。
アパートの前の自動販売機で煙草を買いに出る程度だ。
と言うのも、今回職業案内所から紹介された会社が、大都会のど真ん中。立ち並ぶオフィス街は、まるで春先に次々に芽を出すツクシだ。
ガラス張りのそれらは、太陽の光を照り返し、ぎらぎらと地上に降り注ぐ。
そこを歩くスーツ姿のサラリーマンは、忙しそうに大股で闊歩しながらスマホを片手に行き交う。
財布を手にしたOLが、銀行へ続く横断歩道を、サラリーマンたちの間を縫うようにして歩いていく。
そんな彼らをターゲットにした、洒落たオープンテラスを構えたレストランやカフェ。
地図を表示したスマホを手に背中を丸めて歩く俺は、場違いな異物でしかなかった。
思い出すだけで、無意識に心の中が毒気に侵されていく。
「またか」
缶ビールを飲み干していると、黄色く変色した畳が震える。
スマホの着信ランプが点滅していた。
特に友人もいない俺にわざわざメッセージを送って来るなんて、昨年別れた元妻、亜沙美しかいない。
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