第六章 反撃開始

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 夜七時。守さんが弁護士を一人呼び寄せてまもなく、夏海と彼女の両親である大石雅彦と大石笙子の三人が佐野清二の家の呼び鈴を鳴らした。ちなみに、勝手に入って来られないように玄関ドアの鍵は変えてある。それだけでなく、夏海が持っている清二名義のキャッシュカードとクレジットカードは警官突入の日にすでに無効化されている。佐野家と大石家の戦いは水面下で開戦前夜の様相を呈していた。  父の代わりに弁の立つ守さんがドアを開けず、モニター越しに夏海たちを相手する。兄弟だけあって声が似てるから、話していても彼らは別人だとは気づかないかもしれない。  「おや、警察署を出てこちらに寄らず実家に直行した夏海さんじゃないですか。今日は何のご用ですか」  「しゃ、謝罪と説明をさせてほしくて……」  「謝罪なら浮気相手の男もいっしょに連れてくるのが筋では?」  さっそく父の雅彦がかんしゃくを起こした。  「清二君、君がそんな冷たい態度だから、夏海に浮気されたんじゃないのかね!」  「おれは自分で冷酷な男だという自覚はあるけど妻に浮気されたことはたぶんないですよ」  「何を言ってらっしゃるの?」  と母の笙子も小馬鹿にしたように笑う。  「清二は夏海さんと会いたくないと言ってます。ああ、おれは兄の守です」  三人とも清二ならなんとか言いくるめられると見くびっていたから、想定外の清二の兄の登場に戸惑った。  「あんたたちの言葉を聞いてると、謝罪する者の態度とは思えないんですがね。全然反省してないようだから、出直してもらっていいですか? おれは礼儀を知らない人間が嫌いなんでね」  「お兄さん、このたびは私の不始末でご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。主人にも謝罪することをお許しいただけたらと思って参りました」  夏海が深々と頭を下げると、雅彦と笙子もやむを得ないなと言わんばかりに不服そうにあとから頭を下げた。  「やればできるじゃないか。おまえら基本的に清二を馬鹿にしすぎなんだよ」  守さんは奥に下がり、弟の許可が出たと言ってドアを開けて三人を出迎えた。  話し合いはダイニングで行われることになった。  参加者は佐野家から清二、架、歩夢、夢叶、守、弁護士の六人。大石家から佐野夏海、大石雅彦、笙子の三人。雅彦がさっそくクレームをつける。  「きわどい話を子どもたちに聞かせるのはどうかと思うが」  「大騒ぎになったせいで何があったかおれたちは全部知ってます。今さら隠す意味もないでしょう」  当の子どもたちの一人である架がこともなげに言い返す。  夏海による慇懃無礼なだけの空虚な長文謝罪は省略。三行でまとめれば、  ・魔が差してしまった。  ・愛してるのは夫だけ。  ・心から反省している。  すぐに質疑応答に移った。  清「浮気はいつから?」  夏「今年から」  清「きっかけは?」  夏「街を歩いていて声をかけられた」  清「浮気相手とは別れられるのか」  夏「もう別れた」  清二の沈黙を、なぜか肯定的な意味で解釈した雅彦と笙子が畳みかける。  「魔が差しただけで、本人も心から反省してると言っている。許してやってくれないか」  「そうですよ。こんなことで別れたら、あなたのかわいい子どもたちがかわいそうじゃないですか」
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