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「いらっしゃい」
ガサガサの掠れた声に顔を上げると薄暗い店の中に、少し腰の曲がったお婆さんが仁王立ちしていた。
天然なのか少しうねりのある短い髪。仏頂面の四角い顔。割烹着から見える骨太の手首。足は湾曲に曲がっているが、どこか私よりも強そうだ。
「座りな」と、無愛想に言われ戸惑いながらも近くの椅子に座ると、壁に貼ってある薄汚れた紙を見る。手書きで書かれたメニューはなんとも赴きを感じる。
ついでに辺りを見渡すと、あまり日の当たらない店内は全て相席なのか長テーブルが二つ。椅子が対面で六席。計、十二人が入れる食堂となっていた。
しかし今、客は私一人。昼時は過ぎたとはいえ、余計なお世話だが経営が心配になる。
「決まったかい?」
突然、視界に枯れ木のような手が伸びドキリとする。どうやら水を持ってきてくれたようだ。
さっきのお婆さんとは違い白髪混じりの髪をシニオンで纏めて、割烹着を着ている。細身の身体はまるで手と同じ枯れ木のようだ。
「……お刺身定食をお願いします」
海のある食堂では定番といえるメニューを頼むと「ちょっと、待っててね」と、また違うお婆さんが厨房から顔を出す。
金髪に染めた短い髪と、被った瞼には水色のアイシャドウが塗られている。一言でいえば派手。
私は小さく返事をしながら、再び店内を見渡す。しかし、その他に従業員は見当たらない。
どうやらこの店は、お年寄りだけで切り盛りしているようだ。
無愛想なお婆さんは、隅の席に座ると老眼鏡をかけ新聞を読んでいる。老人だからなのか田舎だからなのか、昔よく行ったファミレスでは考えられない光景だ。
しかしここは、ファミレスじゃない。
生きている土俵によってルールは違う。
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