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「うす」
扉が開くのと同時に紺色のキャップを被ったおじさんが入ってくる。無愛想な顔のお婆さんは手を上げるだけ。
常連さんには私以下の塩対応だ。
手持ち無沙汰にコップに入った水を飲むと、気のせいか美味しく感じる。
カルキの匂いのしない、澄んだ味を堪能していると枯れ木のようなお婆さんが、お刺身定食を運んできた。
「ありがとうございます」
そう言っただけで「いい子だね」なんて褒められる。
だから褒められた理由を考えていたら、仏頂面のお婆さんが近づいてきてコップに水を注いでくれる。
「食べな」
「……あ、はい。頂きます」
恐る恐る手を合わせてから、まずはアオサのお味噌汁を一口飲み込む。
「……お、美味しい」
そして、お刺身の盛り合わせ。真っ赤な肉厚のカツオにプリッとしたエビ。白身魚は……。
「スズキだよ」と、素っ気なくお婆さんが教えてくれた。
「……美味しい」
初めてのスズキは、臭みもなく淡白で身がもっちりとしている。
「ここの味噌汁も刺身も絶品だよ」
ケラケラと笑うおじさんの目の前にはミックスフライ定食が。
次はそれにしようと思いながら、刺身と白いご飯を同時に頬張る。米も驚く程に美味しくてもう声にはならない。
いつもなら食べようとはしない量のご飯をペロリと平らげると「おかわりは?」と、言ってくれた枯れ木みたいなお婆さんにお願いして結局二杯ご飯を食べた。
もう、死ぬ身の私に怖いものはない。
太ることを気にしなくてもいいし、空腹を我慢してまで幸せを感じる必要もない。ないものねだりになることもない。
待っているのは死だけ。
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