現実

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「そこからはクセがついたみたいに年に一度はぎっくり腰になるようになって、スーパーで買い物してるだけでも腰が疲れるようになっちゃってね。筋膜炎っていうのかな? 痛みと焦りで失神したこともある」 「し、失神!?」 「うん。病院に行ったらヘルニアではないし治療の術はないから痛みと上手く付き合えって言われたけど、いつ失神するかわからない恐怖から外に出るのが怖くなっちゃって。その心理的なストレスからなのか、バスで過呼吸を起こして心療内科に行ったらパニック障害だって診断された。そこから私は、家に引きこもるようになったの」  __引きこもり。  茨城で出会った私とは、相当なギャップを感じていてもしょうがない。  しかし現実は二十歳から二十五歳の五年間の間、殆ど外には出ていない。  それが、本当の私だ。   「正直、学生時代からすぐにメンタルも身体も疲れる子供で学校から帰ってくるとすぐに寝てた。だから好きなこともできずに、ただ学校に行って疲労する毎日に何も見いだせずに生きてきた。人付き合いも苦手で自分なりに改善する努力はしてきたけど、みんなが普通にしていることを私は努力しないとできなくて、息をするように生きている人達が不思議だった。私からしたら努力しないと生きてはいけないこの世界は、生き辛らくてしょうがなかったから」  黙って話しを聞いている真澄君は、どう反応すればいいかわからないようだった。  確かにこうして話していると、あれよこれよと色々な症状に悩まされてきたものだと自分自身でも辟易してくる。 「元々の性質とパニック障害も重なって、どんどん心も病んでいった。それで心療内科の先生にある検査を受けてみないかって言われて受けた結果、長年私を苦しめていた原因がわかったの」 「……それって?」  恐る恐る尋ねる真澄君に、ゆっくりと口を開く。 「大人の発達障害。私の場合は多動と注意欠落が含まれるADHDと自閉症の混合パターンだった。だから、思考家は脳内が多動を起こしている状態なの。次々に意識が移りいつの間にか違うことを考えている。人付き合いに苦労してきたのは自閉症の特性からだった」 「……大人の発達障害。ADHD。自閉症」  真澄君は自分の頭にインプットしようと、単語を何度も呟いている。   その気持ちはとても良くわかる。  最初に診断を受けた時、私も同じことをしていた。 「学校に行くだけで疲れていた原因は視覚過敏と聴覚過敏にあることがわかった。人それぞれだけど、視覚過敏は太陽の光とか教室の蛍光灯とか。聴覚過敏はクラスメイト達のザワザワとした話し声とかね。それらに、脳は刺激を受け何もしなくても疲労していたみたいなんだ」 「……何か凄く大変なんだな」  言葉にするとそれ以上でも以下でもなくなってしまう。しかし現実は、様々な苦痛と苦悩と葛藤が伴っていた。  もはや、言葉では表しきれない程に大変だった。 「普通のことをするのに他の人より気力体力を使うのも、ゼロか百の極端な考え方も発達障害の特性だった。みんなは私を普通だと言ったけれど、それは普通になろうと死ぬ気で努力してそう見せていただけ。本当は相当な無理をしていた。でも診断される前は、自分で自分を責めることも多々あった。やる気がないだけ。怠けているだけ。そうしているうちにいつの間にか、発達障害の二次障害を発症してた」 「二次障害?」 「双極性障害」  その名前は知っていたのか、真澄君はハッとした顔をする。  昔は躁鬱病なんて呼ばれていた。落ち込む時とそうじゃない時の波を繰り返す。  私の場合は基本、波が小さいからまだ軽症の方だとは思う。
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