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「正直、不調があるのに原因がわからないのは不安だった。だから診断されてどこか安心したけれど、最終的には自分と上手く付き合うことしか術はなくて悩み続けた。尽く不平等な世の中を何度も恨んだ。どうして生まれた瞬間から、私は私だったんだろう。もっと生きやすい人間に生まれてこれなかったんだろう。普通に生きている人達を見て僻んだり妬んだりしては、そんな自分に嫌気がさした。どうしたら、そんな自分から自由になるか考え続けた。恋人なら破局できるのに。夫婦なら離婚できるのに。だけどいくら自分が嫌になっても、自分からは逃げることができない。いくら自由になりたくても解放されることはない。ならば……」
一度言葉を切ると、こちらを真っ直ぐ見つめている瞳を見ながらゆっくりと口を開く。
「死にたいと考えるようになった」
一瞬、真澄君が息を止めた気がした。
だけど知りたいと言い出したのは彼だ。ならば、全てを聞いてもらいたい。
「私の家庭は世間から見たら恵まれてると思う。サラリーマンの父。元看護士だけれど現在は専業主婦の母。一人っ子の私は両親の愛情を受けて育った。だからこそ、周りからは理解されなかった。恵まれているのに、どうして心が病むの? 他にもっと苦しい人がいるでしょ? 時には責められることもあった」
「……不幸の天秤」と、呟く真澄君にそっと頷く。
「誰もが納得するような、不幸な人生じゃなければならないみたいね。だけど、そもそも他人を納得させないとならないのっておかしいよね。私には私の理由があるのに、それだけに向き合ってくれる人はいなかった。だから、正直今の方が楽なの。心の病気は怠けだの気合いが足りないだの責められてきたけれど、身体の病気はみんなから労ってもらえるから」
引きこもりの私が余命宣告を受けて、普段なら有り得ないような大胆な行動に出た。旅に出る理由も自分でもわからぬまま、ただ見知らぬ土地を尋ねた。
だけど今思うと、あれは逃避と再生の旅だったように思う。
面倒で生き辛い自分から逃げるための。そして、そんな自分ではない違う自分になるための。
「まあ、夢をもってた時期もあったけどね」と、少し場の空気を和らげるためにも笑って見せる。
「どんな夢?」
「ダンサー」
そう答えると真澄君は驚いた顔をしている。
「実は幼稚園から高校までの間はずっとダンスをやってたの」
「そんなに長く?」
「うん。だけど進路を決める時に、ダンサーは食べていけないって高校の先生に言われてね。その頃は普通に生きていけると思っていたから、夢を諦めてバイトでもいいから働く道を選んだ。結果、普通に生きられないことに気づいた時に私は後悔した。そして、それを先生のせいにした」
真澄君の瞳を見つめると、私はそっと微笑む。
「だから、あの男の子に言ったのは実体験から学んだこと。人のせいにする人生は悔やんでも悔やみきれない。それでも時は巻き戻せないから、私の場合は諦めるしかなかったけどね」
もしあの時に、夢を諦めなかったらもっとましな人生を送っていただろうか。
そうやって、幾度となくもう一つの人生を想像してみた。
だけど今となれば、これで良かったと思う。
最期にはこうして病気となる運命ならば今の自分で良かった。
夢もなく自分に絶望しているからこそ、これから訪れる死に対して悲観的にならずにすんでいる。
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