現実

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「夢を諦めてから、特に生きてる価値を見出だせなくなった。自分は無価値だ。無能だ。凄いネガティブキャンペーンだよ」  そう笑うと、真澄君は真剣な顔をしていた。 「樹里は無能じゃない。生きてる価値だって大有り。俺もあの男の子も、樹里の言葉に救われた。人生が大きく変わった。人の心を動かすことのできる樹里は凄い人間だよ。俺は尊敬してる」  暗い人生を話すことで、本当の私を知って欲しかった。知って、真澄君の知る私が本当の私ではないことに落胆して欲しかった。  なのに、これでは逆効果だ。  そう思う一方で、受け入れてもらえたことに心を震わす自分もいる。  本当に真澄君といると頭と心と身体がちぐはぐだ。 「樹里は思考家で面倒な所があるけどさ……」と、いきなり貶し出すから少し睨んでやる。まあ、事実だけれど。 「樹里と一緒にいると楽しいんだ。時が止まって欲しいと思うぐらい」  本当は私だって同じ気持ちなのに、互いの気持ちを認め合っても私達の間には何も生まれない。  いや、何かを生んではならない。と、その瞳から目を背けるように俯く。 「樹里からした生きてることが本当に辛かったんだと思う。でも、こうして生きててくれて本当に良かった」  真澄君の言葉はいつもこの心に真っ直ぐに響いてしまう。 「あんたに何がわかるのか」とか「勝手なことを言わないで」とか、ひねくれた私すらも捩じ伏せてしまう程の効力があるから困る。  社会からも溢れ。世間からも溢れ。  何の生産性もない私には存在価値なんてないと思っていた。もう時期死ぬのだからそのままでいいと思っていた。  なのに彼が、私を肯定してくれるから。受け入れてくれるから。その価値を見出だしてくれるから……。    __その瞳に未来を映してしまいそうになる。 「……ありがとう」  私は震える唇を噛みしめながら一人俯く。真澄君が、ふっと優しく笑っている気配がしたけれど最後までその瞳を見ることはできなかった。  その綺麗な瞳に、訪れることのない二人の未来を映してしまいそうで怖かったから。
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