現実

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 真澄君が帰っていくと、一人で過ごす夜はとても長く感じる。  電気を消してカーテンを開けると、藍色の空に浮かぶ満月が優しく照らしてくれる。  蛍光灯よりも強い明かりではないけれど、私にとったら充分だ。 「彼氏っちは帰ったのね」 「彼氏じゃありません」  巡回に来た看護士の桜井さんといつものやり取りを交わす。彼女は私より歳は少し上だろうか。病棟の中では一番歳が近い見た目と優しい雰囲気から、気づけばよく話すようになっていた。 「いいな樹里ちゃん。私も彼氏欲しいな」 「だから彼氏じゃありません。って、いないんですか?」  いつもシニオンにした髪は艶やかで、薄化粧にも関わらず元の顔立ちが良いからか上品さが醸し出されている。  私だったら、恐らくただの手抜きにしか見えないだろう。  そんな彼女に彼氏がいないなんて嘘臭い。もしくは性格に難があるのか……。 「高校時代に好きな人がいたんだけどね」  訝しげに眺めていると桜井さんが私の隣に並び、夜空に浮かぶ満月を見上げる。 「事故で死んじゃった」  思わず振り向くと、悲しい言葉とは違って桜井さんの口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。 「悲しい別れ方をしたけれど、彼との思い出は楽しい思い出ばかり。だから今も彼を思い出すと胸が温かくなるの」と、微笑む彼女の脳裏には彼との思い出が鮮明に甦っているのだろうか。 「それからも、何人かと付き合ったことはあったけどね。彼より好きになれる人はいなかった。そんな結果が現在(いま)。一人身アラサー女子」  そうやって笑いながらこちらを見る彼女に静かに尋ねる。
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