現実

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「どうして、私にその話を?」  確かに桜井さんとは他の看護士さんよりも話すことが多い。  だけどそれは当たり障りない話題で、今日のように自分の過去に触れたことはなかった。 「樹里ちゃんも彼氏っちも幸せだなと思って」 「彼氏じゃないです。って、それよりどこがですか?」  思いもよらぬ発言に驚いていると、桜井さんがクスリと笑う。 「好きになれる人と出会えるって凄いことなのよ? 確率的にも少ないから、人はそれを運命って呼ぶ。だから、好きになれる人と出会えた二人は幸せだなって」  とても良い話なのに、自分と真澄君に置き換えてみた途端に恥ずかしなってしまった。  何も言えずに俯いていると、桜井さんの華奢な手が私の背中にそっと触れる。   「どんな人にも別れは必ず訪れる。だけど、その別れが必ずしも悲しいだけで終わるとは限らない。私みたいに彼との思い出があるからこそ、前を向いて生きていける人間もいる」  その瞳に私を映しながらゆっくりと言葉を紡ぐ姿に、桜井さんが何を言いたいのかわかってしまった。 「だからこそ、好きだって言い合えるうちに沢山伝えないと勿体ないわよ」と、優しく微笑むと彼女は病室から出て行った。  侮れない。真澄君と一緒にいる所は何度も目撃されてはいるけれど、まさかこの心の内を見透かされていたなんて。 「……はぁ」  思わず漏れた溜め息と重い身体を引き摺りながら、ベッドに横になると布団の中で踞る。  桜井さんの言う通り、この出会いは運命だと呼べるのかもしれない。そう思う時点で、私自身は真澄君に対する気持ちを認めてしまっている。  だけど、私は弱いからそれ以上を求めることはできない。  これは、真澄君を想ってのことではない。私の最期の我が儘なんだ。  身体の真ん中が、またつねられているみたいに痛みだす。  その場所が心臓だということも、この痛みは切なさから起こることも本当はわかっている。わかっていて、知らないふりをしている。
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