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「なら、家に泊まればいい」
「え?」
突然の提案に目をパチクリしていると、食事を終えたおじさんが「それがいい」と、財布から小銭を取り出しながら頷く。
「そうよ。そうしまょうよ」
枯れ木のようなお婆さんが、ニコニコと手を叩く。
「賑やかでいいじゃないか」
派手なお婆さんが、ケラケラと笑いながら厨房から顔を出す。
いつもなら、すぐにこの店を飛び出していたに違いない。
山姥のように優しくしといて、後で食おうとしてるんじゃないかとか。このまま、鮪漁船にでも乗せるつもりなんじゃないかとか。
善意の裏を読もうとしては、被害妄想にかられていただろう。
しかし例えそのうち食われようと漁船に乗せられようと、途中で果てる未来が決まっている以上怖いものはない。
それに、ここで頷いても誰も私を責めやしない。だって今の私は身体が悪い。
他人に甘える自分のことも、赦すことができる。
「お願いします」
こうして私は「食事処でんこ」に世話になることになった。
「ここだよ」
人生で初めて、自分の妥協した選択が吉と出たことに驚いているとお婆さんが振り返る。
食事処の裏から階段を上がると、二階が店長である無愛想なお婆さん通称でんこさんの家になっていた。
「自由に使っておくれ」
小さなキッチンに襖で仕切られた部屋が二間。私が与えられた空き部屋には、端に解体されたダンボールや空箱が転がっているけれど寝起きするには申し分ない。
「ありがとうございます。……あの、窓に新聞紙を貼ってもいいですか?」
小さな一枚貼りの窓からは、太陽の光でキラキラと輝く海が見える。
一見、美しく思える光景だが部屋の中まで光が射し込むのは堪えられない。
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