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「さっき、おじさんのを見て食べたいと思ってたんですよ」
「だろうね。顔に書いてあったよ」
そう言われ恥ずかしくなる。
確かにおじさんも、フライを一枚譲ってくれた。あれは、そういうことだったのか。
だけど、私の気持ちを知って夕飯に出してくれたことが嬉しい。
「ありがとうございます」
「いいから、食べな」
仏頂面で物言いは無愛想だけれど、でんこさんは優しい人だ。
一頻り夕飯を堪能していると、痩せたお婆さんがお茶を持ってきてくれた。
「そういえば、あんたに紹介してなかったね。この鶏ガラみたいなのが、がらこ。あの厨房にいる派手で銭下馬なのが、ぜにこ」
もはや悪口と紙一重のアダ名に戸惑いながらも頷いていると、がらこさんが「でんちゃんは、昔からでーんとしてるからでんこなんだよね」と、笑った。
「みなさんは、昔からの知り合いなんですか?」
「そうだよ。幼稚園からの義美さ。腐れ縁だよ」
そう、鼻で笑うでんこさんに苦笑する。四六時中一緒にいられるのだから、相当仲が良いのだろう。
「あんたのことは、何て呼べばいい?」
直接名前を尋ねてはこないでんこさんに、初めて配慮と思慮が存在することを知る。が、しかし。
「……えっと」
まさか旅先で名乗り合うような人間関係を築くことになるとは思いもしなかった。当然、自分のアダ名なんて用意はしてはいない。
本来、初対面の人に本名を名乗ることには抵抗があるけれどこの人達になら別に本名でも良かった。だけど私は……。
「……ジョリーで」
非日常的な世界で自分とは違う人間になりたかった。
そんな私を、みんなが一斉に凝視しているのがわかる。
無理もない。
小芥子のようなザクザクとした前髪のベリーショートに、細身の貧相な身体にはどう考えても似合わない。
だけど、日常とは離れたこの場所なら誰にでもなれる気がした。
自分とはかけ離れたような人物にでも誰にでも。
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