プロローグ

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 北千住から常磐線に乗り換えた瞬間、ポケットの中のスマホが震えた。  ディスプレイを見るといつの間にか、溜まっていた着信履歴。  母と父。交互に何度もかけてくる理由はわかっている。心配されている自覚もあるけれど、言い訳を考える時間が欲しかった。  気分転換。傷心旅行。自分探し。  どれもピンとはこなくて、結局は両親を納得させるだけの内容をメールで送るとスマホの電源を切ってポケットにしまう。  __挨拶回りに行ってくる。  正直、そんな相手はいない。  そもそも、この旅に理由すらないのだから。 「お母さん。座りなさい」 「いいわよ。お父さんが座りなさいよ」  通勤ラッシュを避けた時間だとはいえ、人で埋まっている平日の車内で八十歳ぐらいの老夫婦が一つ空いた席を譲り合っている。しかし、その姿を見ても周りは無視をし誰も譲ろうとはしない。  実際、どこかへお出かけに行くのか小綺麗にしている老夫婦よりも、目の前でくたびれたスーツを着たサラリーマンの方が今現在の体力気力がないのかもしれない。けれど、自分よりも弱い者を労ることは子供だって知っている。  しかし、譲り合い助け合いの精神は余裕があってこそ生まれるもので、余裕のない人達の中ではそれらを望めない。  結果、普通より劣った人間は生きることが難しい。  そう思わせるのは、いつもこの世間だ。
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