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「食べな」
「ありがとうございます」
素直に頂こうとダイニングテーブルの椅子に座ると、襖が開いたままの部屋からお線香の匂いが漂う。そこは、でんこさんの部屋だ。
ふと視線を移すと部屋の奥に、小さな仏壇が見えた。遺影には、焼けた肌に白髪混じりの髪。凛々しい眉が印象的なお爺さんが映っている。
「父ちゃんが死んでから、ずっと一人だったからね」
私が見ていることに気づいたのか、でんこさんがふと呟く。
遺影のお爺さんはでんこさんの旦那さん。だけどもうこの世にはいない。
人生を添い遂げる相手がいない私には、喪う気持ちもわからない。
だから考えてみた。
だけどやっぱりわからなくて、自分は欠落した人間だと心に靄がかかる。
「おかえりなさい。なんて言葉は久しぶりに聞いたよ」
顔を上げるとでんこさんが珍しく微笑んでいる。それは少し照れくさそうな顔だった。
さっき驚いた顔をしたのも素っ気なく部屋に戻ってしまったのも。今、照れくさそうに微笑んでいるのも。
いつもは一人で暮らしているでんこさんのパーソナルスペースにに、非日常的な私のが入り込んだから。
こんなちっぽけな私という存在でも、でんこさんの心に影響を与えている。そう思うのは烏滸がましいことなのかもしれないけれど、何だか嬉しいと思った。
心の靄が晴れていく。欠落していることも気にならなくなる。
「さっ。風呂でも入ってきな」
「はい」
緩みそうになる口元を引き締めながら立ち上がると、でんこさんは私の爪先から頭の先まで視線を滑らせる。
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