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「お先に頂きました」
「あいよ」
脱衣場から出るとダイニングテーブルの椅子に座って、電卓を叩いていたでんこさんが顔をあげる。
「先に寝てな。私はこれから仕込みがあるからね」
テーブルの上に置いてあるデジタル時計を見ると、もう二十二時は過ぎていた。
「これからですか?」
「いつものことだよ」
「一人でやるんですか? 何か手伝えることがあったら」
思わず猫の手でもと名乗り出ようとした私を、でんこさんのため息が遮る。
「言っただろ? この一ヶ月は自分の為だけに使いなって」
「だ、だけど」
「布団は敷いといたから、病人は早く寝な」
ここまでくると、例え病人だとしても申し訳ない。もじもじとしているとでんこさんが苦笑する。
「ちゃんとしなくていい。最期ぐらいは無神経に傲慢に生きてみな」
まるで、私のこれまでの半世を見てきたかのような言葉に思わず息を飲む。
そうしたい。そうしたかった。
だけど無神経も傲慢も意識しなくてはできないことで、それは自然ではなく不自然な振る舞いで。結局は、気を遣うのも遣わないのも疲れてしまう。
疲れない生き方が私にはわからなかったし、今もわかってはいない。
だから考えたくなくて人と関わりたくなくて、だけど最後にはまたこうして人と関わって。考えれば考える程に自分がわからなくなって。
だけどもう、あと僅かしかない人生を悩みごとに費やしたくないことは確かだ。
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