デート

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「お! あれ見てみろよ!」  白地に紺色のストライプの入ったシャツを翻しながら振り返ると、その指がさす方向には黄色い絨毯ができていた。 「すげー!」と、子供のようにはしゃいで走り出す姿に苦笑しながらついていくと、真澄君は太陽に向かって真っ直ぐ伸びる向日葵と背比べをしている。 「真澄君は何センチあるの?」 「俺は180cm」 「じゃあ、二メートルはありそうだね」 「でかすぎだろ!」  向日葵に埋もれているのに真澄君の笑顔だけがキラキラと輝く。  白い肌。長い手足。素敵な笑顔。多数に埋もれない魅力を彼は持っている。  きっとどこにいても彼は彼として輝いてきたのだろう。 「真澄君は眩しいね」  この瞬間を生きている人は眩しい。  私だって同じ瞬間を生きているはずなのに、生きながらに死んでいる。いつしか心は死んでいた。  過去の私なら光によって影が浮き彫りになるように、真澄君の隣に並ぶことすらしんどいことだった。  だけど今はその輝きを間近で見れることに心が動いているのがわかる。  鮮やかな空の色も、向日葵の黄色い絨毯も、真澄君の笑顔も、この目に焼き付けておきたい。  卑屈になるのではなく純粋に美しいものを忘れたくない。 「ジョリーだって後光が差してるぞ」  なんてジョークにならないジョークに思わず笑ってしまう。  真澄君は何も知らない。知らないからこそ楽しめる瞬間もあると思う。  だから私は最期まで、彼には病気のことを話さないと心にそっと決めた。 「ネモフィラの時期は、ネモフィラソフトクリームが売ってるんだって」 「へー。どんな味なんだろう」 「俺も食べたことないんだよな。小さい頃に来た時にはなかったから」  恐らく幼少期の彼も、今と同じようにお花畑を走り回っていたのだろう。思わず想像しては小さく微笑む。 「……懐かしいな」  しかし隣にいる真澄君は口元だけに笑みを浮かべていた。その瞳は目の前の景色を映すことなく、遥か遠くを見つめている。  哀愁が漂う彼のことを、私は何も知らない。
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