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「綺麗に撮ってよねー」
「わかったよ」
顔を上げると目の前でカップルが肩を並べていた。
高校生ぐらいだろうか。まだ幼さの残る男女が、向日葵の絨毯を背景に自撮りを試みている。
しかしスマホを持つ彼氏の手は頼りない。それではブレてしまうだろうと眺めていると、隣で真澄君がニヤリと笑う。
「俺達も撮る?」
「何を言ってんの」
そう突っ込むと、視界の隅に少し寂しそうな顔を捉えながらも気づかないふりをして立ち上がる。
私達の関係に未来がないように何かを残すべき関係でもない。それでもきっと、今日という光景はこの心に刻まれる。
それだけでいい。そのことを知っているのは自分だけでいい。
「写真撮りましょうか?」
目の前のカップルに声をかけると二人は少し恥ずかしそうに「お願いします」と、頭を下げる。
自分から他人に声をかけるなんてことは普段ならしない。
だけど病気と見知らぬ土地が私を変えた。
彼氏からスマホを受けとると、向日葵の絨毯を背景に二人の立ち位置を決める。そしてこの瞬間を収めるべき二人に想いを馳せる。
いつかこの写真を見返した時、二人が幸せな気持ちになりますように。そう願いを込めてスマホのシャッターボタンを押した。
「ありがとうございます」
「ありがとうございました。あの、撮りましょうか?」
彼女が気を利かせて私の後ろにいる真澄君に視線を向ける。だから首を横に振ると、カップルはとても嬉しそうな顔でもう一度お礼を言うと仲良く並んで光の方へ歩いて行った。
自分からアクションを起こし、それに良いリアクションが返ってくる。知り合いでもない通りすがりの人だからこそ、心に染みるものがあった。
肩がぶつかり合っただけでも殺し合う世の中に、小さな光を垣間見た気分だ。
何だか久しぶりに晴れやかな気分にさせてもらった。
「良いことをした」なんて大袈裟だけれど、これは人とのやり取りでしか得られないプラスの感情だ。
確かにこの心が動いた。
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