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どこかぎこちない空気のまま車に戻ると、帰りにどこか寄りたい場所はあるかと聞かれた。
いつもなら手綱を引いてくれる真澄君が、初めてこちらに委ねたように感じた。
だから静かに首を横に振ると彼は「じゃあ、帰ろうか」と、少し寂しさを滲ませながら言った。
心理戦は好きじゃない。
だけど、関係性が進退する瞬間に人は自然と駆け引きを始める。
不思議と彼との間の沈黙は苦痛ではなかったはずなのに、ここにきてとても息苦しい。
それは相手が私の様子を窺っているのがわかるからで、不自然な沈黙は苦行でしかない。
だけどここで言葉を発したら、人として友達として何かとして距離が一ミリでも近づいてしまうような気がして口を開くことはできなかった。
「じゃあね」
「お、おう」
昨日のように「また、明日」と言わない真澄君に安心すると思っていた。
だけど私の心は自分が思っているよりも複雑で理解しがたい。
チクチクと何かが刺さる心を引き摺るように、車からおりるとお礼を伝えた。
「真澄君。ありがとう。楽しかったよ」
複雑な顔を見て見ぬふりをして、あとは振り返らずに食事処に入れば……。
「ジョリー!」
声と同時に車の扉が開く音がする。棒立ちしたまま背を向けていると大きな手が私の手首を掴む。
その瞬間、その熱を知りたくなかったと思った。
ただそこにある物だと受け流せばいいだけのことなのに、彼の行動にもまた感情が付きまとうようになっていた。
「明日だけは、苦手な早起きを頼みたいんだ」
不思議なお願いに思わず振り返ると、真澄君の漆黒の瞳に現実が映る。
少し窶れたこの顔には、覇気が薄れてきている。
もう時間がない。
「朝の四時半に迎えに来るから」
「そ、そんな早く?」
驚きのあまり言葉を発すると真澄君はどこかホッとした顔をしながら「最後の約束な」と、答えを待たずに去って行った。
朝の四時半?一体どこに行くつもり?
頭にハテナマークを浮かべていると、後ろから不吉な笑い声が聞こえる。
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