デート

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「……あの。みなさんにお話が」  食事を終え後片付けをして、先程までいたお客さんが帰ったタイミングで席を立つ。  割烹着で手を拭きながら厨房から出てきた、ぜにこさん。ポットでお茶を淹れようとした手を止める、がらこさん。  でんこさんだけは広げた新聞に目を通したまま動かないけれど、耳だけはこちらを向いていることがわかる。 「急なことなのですが、明日の夜に家へ帰ろうと思います。……両親にいい加減帰って来なさいって言われちゃって」  __具合いが悪い。  素直にそう言えば良いものを、心配をかけたくないと思ったら咄嗟に嘘をついていた。  それはたった数日の間に、みんなのことが大好きになってしまった証拠だ。  相手を想えば想う程に本当のことが言い辛くなる。  最初に出会った頃は何も考えずにすんだから、病気のことも打ち明けることができた。だからこそ、築けた関係だともわかっている。  なのに今、私はみんなに嘘をついた。嘘を……。 「ジョリーは、嘘をつくのが下手だねぇ」 「本当にね」  気づくと私は俯いていた。  がらこさんとぜにこさんの言葉に顔を上げると、二人は優しく微笑んでいる。 「その嘘は、ジョリーがつきたくてついているのかい?」  でんこさんは読んでいた新聞を畳むと、鋭い視線をこちらに向ける。  みんなに心配をかけたくないと思うのは私の自己満足的な思考。ならばそれは私がつきたくてついている嘘に分類されるのかもしれない。  だけど胸には、小さな罪悪感が痼のようにできている。 「ジョリー? 最期ぐらい傲慢になりなと言っただろ?」  ハッと我に返る私をでんこさんは静かに見つめていた。  意識しなければ、すぐにまた元の自分に戻ってしまう。  その場を上手く納めるための嘘をついて、造りたくない笑顔を顔に貼り付けて、そうしているうちに心がまた死んでいくことを理解していたはずなのに。 「私らに対する遠慮という気持ちが入っているのなら、それはつきたくてついている嘘じゃないよ」  ああ、やっぱりこの人には敵わないと思った。  共に過ごした数日でこの複雑な心まで見通すなんて、どれだけの観察力があるのだろうか。  改めて人間の関係性は、過ごした日数で決まるわけではないことを学ぶ。  それはでんこさんがみんなが特別なのか、人との関わりが少ない私にはわからない。  だけどこれを人は相性と呼ぶのかもしれない。  短い間にも濃い関係性は築ける。少なくとも自分が自分を許し、他人にさらけ出すことができれば。そして、それを受け入れてくれるのならば。
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