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それからまだ営業中ということもあり店に残るみんなに挨拶をすると、私は一人二階に戻ることにした。
外に出ると潮の匂いが混じった夜風が、この頬をそっと撫でる。
まだ昼の熱が残っているのか少し生暖かい風に吹かれながら、目の前の道路を渡ると夜空に浮かぶ月に照らされた海が黒曜石のように輝いていた。
そっと目を閉じて静かな波音を聞く。
最初は全てを飲み込んでしまいそうで怖かった。なのに今は何故か心が落ちつく。
そうやって、心は一分一秒と動き続けていくことを私は知っている。知っているが故に自分の殻に閉じ籠り、何にも動かされないようにしてきた。
喜びや幸せと引き換えに、悲しみも苦しも怒りもない平坦で穏やかな日々を望んでいた。
だけど実際は心に穴が空いたような虚無感しかなかった。喪う恐怖から得ることを避けてきた。
だけど人生の終わりに、それがとても寂しいことだと気づいてしまった。
だからと言って、これまでの自分を否定しようとは思わない。
だって孤独に堪えながらも、こんなにも弱い自分を守り続けてきたのだから。
ただ、人は人生の終わりに立ってみなければ本当の望みには気づけない。
“__最後ぐらい傲慢になりな”
でんこさんの言葉を思い出し、一人苦虫を噛み潰したような気持ちになる。
__私は、我が儘で傲慢だ。
人間関係に「酸いも甘いも」は付き物なのに「甘い」だけを望んでは、非日常的な旅で美味しいところだけを摘み食いしている。
喧嘩をする程には深く関わることなく、だけど上部だけをなぞるよりかは別れ難い関係。
そんな私の理想の人間関係は、この瞬間だけのものではなくこれからも続けていける。
私が死ぬまで続いていく。
今までならこんな狡い自分を赦せはしなかっただろう。
だけど最後ぐらい。最後ぐらいは赦してもいいだろう。甘えてもいいだろう。
どこか自分に言い聞かせるように、私は何度も心の中で唱えていた。
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