14人が本棚に入れています
本棚に追加
ゆっくりと走り出した車は、ものの数分で目的地に着いたのか停車する。外に出る真澄君に付いて行くと見覚えのある駅が現れた。
「……ここ」
「茨城まで電車で来たなら、この駅を降りただろ?」
「うん」
__日立駅。
たった数日前。私はこの場所からタクシーに乗り、食事処でんこと出会った。
本当は、タクシーのドライバーさんが勧めてくれたお店でお昼を頂こうと思っていたのに生憎その日は休業日だった。
結果、その隣の寂れた食事処でんこに入ることになったのだけれど今思うとそれで良かったと思う。
それこそ何の巡り合わせかはわからないけれど、その偶然を人は運命と呼ぶのだろう。
みんなと出会っていなければ、今の色濃い記憶も心に残る温もりも得ることはなかった。
「見せたいものって駅にあるの?」
尋ねると真澄君は駅の中央口から出た方向を指差す。
そこは、太平洋が一望できる「展望ホール」がある場所。
私はこの景色が見たくて旅行先をこの日立に決めた。
まさか最後に、始まりとなった場所に訪れるとは思ってもみなかった。
二人で並んで階段を上って行くと、こんな朝早くなのに展望ホールには疎らながらに人がいた。
肩を寄せ合うカップルだったり、子供と微笑み合う親子だったり、スケッチをしているのか画用紙を広げている学生だったり。
各々が各々の世界からこの景色を眺めている。
「まだ、時間があるし座るか」
オブジェのような椅子に真澄君と二人で座ると、肩が微かに触れる。
ただそれだけのことなのに動くこの心は、本当は誰よりも敏感。敏感故に守らなければならなかった。
ヒビが入らぬように。割れてしまわぬよう。必死に守ってきたつもりだったのに、いつの間にか亀裂が入っていた。そしてその亀裂はやがて大きく広がりこの心は砕け散ってしまった。
治そうとしても、そう簡単には治らない。
だけどこの場所にきて、みんなと出会ったことで歪ながらも元に戻ろうとしている。今も尚、心は元の型を探し動き続けている。
それだけで、もう充分なんだ。
元に戻らなくてもいい。
諦めることなく、心が戻ろうとしていることを知れただけで。
最初のコメントを投稿しよう!