偽雨音

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偽雨音

 雨音なのか、そうじゃないのか、音の正体を探るのに、少々時間がかかった。その音は、雨音なんかじゃなかった。水漏れ、しているのだ。どこからか、ぽつ、ぽつと。なんせ、外は晴れていた。  音の行方をたどって、夜中、家中を歩き回った。漏れている場所を探して。だが、問題の箇所はとうとう見つけられなかった。  ベッドに戻った。音は止まない。気にしても仕方ないので、眠ることにした。  翌朝、会社に行った。  夜、家に帰ってくると、まだ水音は聞こえていた。ふたたび、出所を探す。見つからない。  また翌朝も会社に行った。水漏れのことなど、最早気にしている場合ではなかった。それ以上に気掛かりなことは、会社でのトラブルだった。水漏れに対する意識は、ずいぶん優先順位の低いものになっていた。  目覚めたら、部屋が水浸しだった。それでも、それは大した問題ではなかった。とにかく濡れていない服を探して、着替えて、会社に行った。  家に戻ったとき、家は水の中に沈んでいた。そのときになって初めて、会社に行くどころではないということに気づいた。と同時に、だからこそ会社に行かなければ、家を修繕する術はないと思った。水の中から数着の服だけを引っ張り出してきて、公園で夜を明かした。  翌朝、半乾きの服に袖を通して、会社に行った。  ところが、会社の人から、かび臭いと言われた。言われてみれば、そんな匂いがする。  公園に戻ると、水場で服をしっかり洗って、皺を伸ばして月の光にあて干した。仕方ない。夜なんだから。翌日、会社に行ってる間に、太陽の光が殺菌してくれるだろう。  休日。水に沈んだ家を見に行った。あそこで生活をしていた。今は、家に戻れば、息が吸えないということになる。しばらくは公園生活を続けるしかない。もっと早く、水漏れの箇所を見つけられていれば、こんなことにはならなかったのか。しかし、過ぎたことを言っても始まらない。お金さえ稼げれば、状況は常に打破できるというもの。先立つものは、お金だ。  でも……。家の中に、大事な電卓を置いたままなのを思い出した。普段忘れているけど、思い出のある電卓だった。あれだけは、取り返したい。  意を決して、家の中に潜った。電卓は、机の引き出しに入れている。そこまで息をせずにたどり着けるか。  電卓はあった。ごぼっ。喉に水が入ったところで、電卓をつかんで、水面に上がった。電卓は壊れていた。  太陽に服と電卓を干した。これらさえあれば、きっとあとはなんとでもなる。そう、会社に行って、お金さえもらえれば、なんとでも。  ホームレスに交じって、テレビを見せてもらった。そこに、うちの会社が倒産したニュースが映っていた。なんでも銀行に融資を断られ、取引会社に借金を返せず、破綻してしまったらしい。そんなことになっているとは、全然、知らなかった。  あんなに頼りにしていた会社の崩壊。だけど、なぜかほっとして、涙が止まらなかった。
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