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あの無垢な瞳が瞬くことは、この先ない。
何故なら、僕が汚してしまったから。
兄があの子を気になっていることは、ずっと前から気が付いていた。
僕は生まれた時から、何もかも兄に勝てず、羨望と嫉妬がないまぜになった感情を常に抱いて生きてきた。
あの子は僕の同級生で、人懐こい子だった。でもそれは誰にでも、というわけではなく、僕だけに、のような気がしていて、なんだか妙な気分だった。
家が近かったこともあり、互いの家を行き来するようになって、僕たちは二人で過ごすことが多くなった。あの子は完全に僕になついていた。
ある日あの子を連れ帰ったとき、たまたま兄と出くわした。
ああ、またこの子も兄に惹かれるんだろうか、今までの友達や彼女のように。そんな風に思っていたけれど、あの子はそうはいかなかったんだ。
むしろ逆だった。
兄があの子に夢中になってしまったようだった。
それまでろくろく会話もしなかった僕たち兄弟だというのに、あの子と出会ってからというもの、兄は僕に話しかけるようになった。といっても、あの子のことを聞き出す用件のみだ。どこらへんに住んでいるのか、から始まり、しまいには恋人の有無まで。
僕は確信した、兄はあの子に惚れていると。
まさかあの完璧な兄が、男色の気があるなんて。驚きと同時に蔑むような、見下すような気持ちがわいてきた。
確かにあの子はくりくりとよく動く大きな瞳に透けるような肌、濃く長いまつ毛に栗色の素直な髪と、全体的に線が細く華奢な容姿をしていた。でも、だからって。
あの日も僕はあの子と自室で雑誌を読んだりゲームをしたりしていた。
隣室には兄の気配があった。
一緒に食べていたスナック菓子を同時にとろうとして、互いの手が触れた。
その時のあの子の反応はわかりやすすぎるほど過敏で、焼き栗にでも触ったみたいに慌てて手を引っ込め、頬を真っ赤に染めた。
その顔を見たら、急に何か得体のしれないものがせりあがってきて、気が付いたらあの子を組み敷いていた。僕の下のあの子は恐ろしいものを見るような瞳で僕を見上げている。何か言いかけたみたいだけど、今ここで何を言われたところでもう後戻りもできない。僕は唇であの子の唇をふさいだ。
意識的に物音を立てながら、あの子をくまなく貪った。あの子の呻くような声も、次第に別の色が含まれてくる。ほら見ろ、やっぱりこうしたかったんだろ。
物音に気が付いて兄が様子をうかがいに来たみたいだ。部屋のドアは薄く開けてある。
さあ、その狭い隙間から、あんたの恋焦がれる相手があんたの愚弟に汚されるところを見てなよ。
それからの兄はというと、すっかりそれまでの威厳や鼻持ちならない態度はなりをひそめて小さくなってしまった。
僕は勝ったんだ。あいつが欲しくてたまらないものを、手に入れてやったんだ。
なのにどうしてだろう、ちっとも気分が晴れないのは。
あの無垢な瞳が瞬くことは、この先ない。
何故なら、僕が汚してしまったから。
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