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「いやー、まいりました。すっかり寝てて、降りるバス停と勘違いして飛び降りてしまいました」
佐々木がおそるおそる顔を上げると二人は笑顔だった。
やがて、目の前に車が飛んできて着陸した。中から出てきた男が「母さん」と声をかけると老婆はゆっくり立ち上がった。
「お世話になりましたね」
老婆が深々とお辞儀をする横で、息子は青ざめていた。「あ、連続殺人事件の青山淳!」そう言って、手で口を押さえている。
次の瞬間、突然スイッチが入ったように、老婆の手をひき車に乗り込むとすぐにどこかに飛んでいった。
ポツポツポツポツ
雨が降り始めた。佐々木がさっきから感じていた雨の匂い、ペトリコールは、間違いではなかった。久しぶりの地球は、佐々木が月にいる間も変わらずにいた。
雨がバス停のベンチの屋根を叩き始めた。日の短い折なので、五時だというのにもう暗くなりだしていた。雨はだんだん強くなって、夕暮れの空の色はますます暗くなった。
青山が椅子に深く座り前屈みになって地面を見ながらつぶやく。
「何年経っても覚えられてるんですね」
「何のことだかわからないけど、気にしなくてもいいんじゃないですか」
しらばっくれた。
知らないふりをした。
本降りになってきた。
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