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「やみそうにないですね」
青山は黒々とした空に痩せた顔を上げた。雲は太陽も月も星もすべてを隠していた。
強くなってきた雨音の中、二人の間を沈黙が支配した。互いに相手の言葉を待っていたその時、青山が口を開いた。
「僕は雨が嫌いなんです。雨音が大嫌いなんです。
いつもじゃないんですけど、月に一度、気分が落ち着かない日があるんです。その日に雨が降っていると一晩中イライラして眠れないんです」
青山のこの言葉が何を意味しているのか、この時の佐々木にはまだわからなかった。
次のバスが来た。バス停の屋根が咆哮しているような雨音だった。二人はバスに飛び乗り、青山が窓側の席に着くと佐々木は隣に座った。
「今日はどちらへ」
「さあ、どこに行けばいいのかわかりません」
バスの窓を叩く雨音にかき消されそうな小さな声だった。
窓の外が暗くなるに連れて、青山が体を時々揺らしたり、不規則に顔をぴくぴくさせる。もごもごと何かを喋り、手を握りしめたり緩めたりしている。刑務所では見たことがない姿だった。
終点のスードオクツィデント駅前。辺りはすっかり暗くなっていた。バス停の灯りに照らされて三十代の女性が立っていた。バスはゆっくり着陸する。佐々木は、その女性を窓越しに眺めていた。
青山は窓の外をじっと見ている佐々木を見て視線を追った。
「美沙……」
青山がつぶやいた。
青山美沙、青山の妹だ。佐々木は青山の個人情報の記憶を頭の中に浮かべていた。収監者の個人情報は頭に入っている。生い立ち、家族関係、犯罪に至った経緯、犯した犯罪。
美沙が喜んで、バスを降りる青山の手を取った。
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