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「……あぁ」
カーテンを開いて見上げた空に、小さくため息をつく。
どうりでベッドから出たくなかった訳だ。
昨日まで、冬の抜けるような青空が広がっていた空は、重くて暗い雲が広がっている。
朝の時間のはずなのに、部屋の中は薄暗く酷く肌寒い。僕はペンギンのように毛布を頭から被ると、ペタペタと歩いて部屋の全ての灯りと、暖房のスイッチを入れた。
いつもなら、僕が起き出す頃にはすっかり温まっている部屋。
コーヒーとトーストの香りが鼻を擽って、一日が始まるはずなのに………
僕は仕方なく食パンを一枚トースターに入れた。
「……初雪は一緒に見たいな」
そうあなたに伝えたのは、二人で見たドラマの影響。
「……一緒に見ような」
そう返事をして肩を抱いてくれたあなた。
なのに………
急に決まった出張は、誰のせいでもなくて……
昨夜の天気予報がハズレる事を願って眠りについた僕。
やっぱり、そんなにうまくいかないよね…
『……ちゃんと起きて、食べてるか?』
あなたのメッセージに食パンの写真だけを送って返事にする。
言葉のメッセージは、わがままを言ってしまいそうだから……
降りだした雨が窓を濡らす。「午後には今年最初の雪になるでしょう」もう一度伝えられた天気予報。
僕は思わずテレビを消した。
指先まで冷たくなる手に、はぁっと息をかけ会社に向かう。雨は霙に変わり、傘も重く感じる。
……楽しみにしてたのにな
あなたと空を見上げて、落ちてくる白い結晶の下を歩くこと。二人で寄り添えば、どんな寒さも平気なはずだったのに……
たった三日間の出張。
今までも何度もあったのに、今日はあなたが隣にいないことが、恨めしくて仕方ない。
会社のフロアに着いて、思わず見つめるあなたのデスク。
居るはずのない、あなたのことを探してしまいそうになる。
振り払うように夢中で仕事をした。今日は一人で家に居るのは嫌だから……
周りに人が居なくなるくらい残業をして家に帰る頃には、今朝、音を立てて降っていた雨が雪に変わっていた。
音もなくひらひらと降る雪。
改札口を出て歩く家までの道は、本当に静かで……雪が全てを包んで閉じ込めているみたい……
傘を傾けて覗く空。真っ暗な空から舞い落ちる白。
綺麗で、儚くて………あなたと見たいと思った。この景色を二人で。
人影も疎らな家までの道、僕は時計を確認すると来た道を戻り始める。
携帯を弄りながら、最終の新幹線を確認する。
向こうは降ってないかも………そんなことが頭を過ったけど、あと一日待てばあなたに逢える、それも百も承知だけど………
どうしてもあなたに逢いたかった。
傘と携帯と両手が塞がってるのに、早足で歩き出す。
怒られるかな……
何してるんだって
そんなことで来たのかって
それでも、走り出した想いは止められず
バカだな
でも嬉しいよって、抱き締めて欲しくて
薄暗い道を、ひたすら歩く。雪で滑る道、転ばないように、駆け出したい気持ちを必死で抑えて。
駅につき、傘を畳んで改札口に入る。目の前の時刻表を確認しながら前に進んでいると、不意に腕を掴まれ、身体がバランスを崩した。
「……どこに行くんだ?」
呟かれた一言。
見上げたその手の先に見えたのは、不思議な顔で僕を見つめるあなたの顔。
「……なんで?」
「それは俺の台詞だよ……こんな時間にどこに行こうとしてるんだ?」
「……仕事は?」
「……お前に逢いたくて、早く終わらせたのに、どこに行くんだよ」
すっかり勘違いして、怒り出すあなたの手を握り改札口を出ると、そのまま家に向かって歩き出す。
「おい、どうしたんだよ」
何も言わない僕に引っ張られながら、何度も呟くあなた。
「なあ……何か言ってくれよ」
そう言われる度に、さらにあなたの手を引いた。
マンションに入っても、エレベーターに乗っても無言のまま。玄関の扉を開け、あなたを押し込むように中に入ると、そのまま正面から抱きついた。
「……逢いたかった」
言えたのは、その一言。
あなたの腕が自然と背中に回る。
あんなに一緒に見たかった雪も見ないで、帰ってきた家。
あなたの首に腕を回すと、その後頭部を引き寄せ唇を押し付ける。
ねだるように、甘えるように啄む唇。
少しずつ深くなっていくキスに、上がっていく体温。そのままベッドに連れていかれ始まる二人の夜。
きっと……まだ降り続いてる雪
朝には、この町を白く染めるかもしれない
一緒に見たかった雪は、ただの言い訳
あなたに触れたかった僕の、あなたに触れて欲しかった僕のただの言い訳……
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