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「福岡に行くことになった」
迷い一つも見せずに、あなたは僕に告げた。
「うん」
迷い一つも見せずに、僕も答える。
初雪の日、「福岡に営業所を作るらしい」親友から聞いた噂。
その福岡にあなたが行った理由。もしかしたらの不安は見事に的中した。
あなたがずっとお世話になってる部長が進めてること、部長の信頼の厚いあなたが行くことになることは必然で………
だから………覚悟してた
きっと一緒に行こうとは言わない、それも分かってるから。
…………僕に出来ることは?
自然に淡々とあなたを送り出すこと……
最初から決まってた、当たり前のことのように……
あなたの手がすっと伸びて、その指が僕の指に絡む。そのまま、窓の側まで手を引かれた。
あの雪はすっかり溶けてしまって、街のどこにもその面影はない。
後ろから抱き締められて、心も身体も一瞬で熱く震える。耳元で感じるあなたの吐息。
何も言わないで………
泣いてしまいそうだから……
「毎日連絡する……」
「……毎日じゃなくていいよ」
「……なるべく休みの日には帰れるようにする」
「……忙しくて身体を壊しそうだから、無理しなくていいよ」
「……俺が無理したい」
「…………」
「…………」
「僕が逢いに行くから……」
その言葉に、あなたの腕の力が強まる。
何も変わらない………
僕達は何も……
ただ……少しの間……
毎朝目覚めた時の、この温もりが感じられなくなるだけ……
「……今日の朝御飯は、僕が作るよ」
いつも甘えてばかりの僕が、出発までにあなたに出来ることを沢山したい。
「その前に……」
優しく重ねられた唇。
一分一秒、二人が一緒に居られる時が、こんなに愛おしいなんて、初めて知った。
大切なこの時間を惜しむように、僕達は唇を重ね合う………
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