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「見送りは……いいよ」 出発前日の夜。ベッドで僕を抱き寄せながら貴方が言った。 「お前が会社に行く時に、一緒にここを出る」 「…………」 「……いつものように支度して、いつものように家を出よう。朝御飯は何が食べたい?」 「………目玉焼き」 「フフ……分かった」 さっきまでゆっくり愛し合った身体は正直で、眠りたくないのに勝手に重くなる瞼を必死で持ち上げる。 貴方の指の間を、僕の髪が何度も行き来して、額に触れてる唇から僕への愛がずっと注がれてる気がする。 本当は、不安で仕方なかった。 離れて暮らしてる間、貴方に起こること、僕に起こること。 それが予測出来なくて……… でも……… こんなに愛してる……こんなに愛されてる……それが今、僕の中にどんどん溜まっていく。 だから……大丈夫だよね。 少しの間、離れても…… 次の日の朝 僕達は、トーストと目玉焼きとサラダを食べてコーヒーを飲んだ。 二人で並んで歯を磨き、順番に顔を洗った。 今日の天気の話なんてしながら…… いつものように…… あなたが洗面台から、僕のボディクリームを鞄に入れるのを気付かない振りをして、ジャケットを着る。 本当に持っていくんだ……… 思わず溢れる笑みは、あなたに見えないように隠した。 「……戸締まりだけはちゃんとするんだぞ」 いつもと違ったのは、窓の鍵を閉めながらあなたが言った言葉と、ゆっくりと部屋を見回すその姿。 大きな鞄を手に、玄関に向かうあなたの背中。その後ろを歩きながら、何度もその鞄を置いて欲しいと思ってしまう。 靴を履く直前。立ち止まったあなたの背中に思わず額をつけた。 「……気を付けてね」 「……うん」 「……怪我とか病気とか……しないでね」 「……お前もな」 「……うん」 「お前が困った時は何があっても帰ってくるから、我慢しないで連絡するんだぞ」 「………」 「……逢いたくて困った時は、いつでも逢いに来い」 「……うん」 振り向かれたら、泣きそうな顔を見られそうで、そのまま背中に抱きついた。 ゆっくり振り向いたあなたが、僕の頬を両手で包んで優しいキスをする。 ほんの数秒…… きっと長いキスは離れられなくなるから…… ………愛が注がれる この五日間、ずっと感じてるこの気持ち あなたも感じてくれてるといいな…… 僕の愛が、あなたに沢山注がれて欲しい…… 「……二年なんて待たせないから、もっと早く軌道にのせて帰ってくる」 両手を頬に添えたまま力強く宣言するあなたに、最高の笑顔で答える。 「帰ってきたら二人で行きたいとこ、いっぱい考えて待ってるから……」 「……うん」 頷きながら抱き締めてくれたあなたの香りを、思いきり吸い込んだ。 そのまま、手を繋いで駅に向かう。 あなたは空港に向かう下りの電車、僕は仕事に向かう上りの電車。 改札に入ったところで、握られていた手が一度強く握られて離れていく。 「行ってきます」 「………行ってらっしゃい」 ホームへ向かう階段をいつものように登り始める。 振り向かないで、進んだほうがいいんだよね………あなたに心配かけないように でも…… 我慢出来ずに、振り向いた僕の目にうつったのは………階段の下、僕を見つめるあなたの姿。 かけ降りたい気持ちを押し込めて、思いきり笑顔で手を振った。 ………待ってるから
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