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どうしても早く逢いたくて、仕事が終わったその足で空港へと急いだ。 本当は、明日の朝行くって伝えてある。 でも……もう一晩も待てなかった。 金曜日の夜の空港は、それなりに混雑していたけど、わりとスムーズに飛行機に乗れてやっとひと息つけた。 ……まだ仕事中だよな 毎晩、家に帰った時に送ってくれるメッセージは、いつも僕がベッドに入る時間だから…… 空から見下ろす明かりが、段々小さくなっていく。あなたのところへ向かってるよ、小さな興奮が心臓を早める。 僕は再会できる喜びを噛み締めて、少しだけ目を閉じた。 「……住所はここで間違いないよな」 本社で調べた住所を頼りにやって来たビル。ここの五階がうちの福岡営業所のはず。 まだ灯りがついたそのフロアー。 きっとそこに居るよね。僕は少し考えたあと、辺りをキョロキョロと見回した。 知らない街の知らない空気に、少し心細くなりながら居場所を探す。 気づくとビルの隣に、小さなカフェがあった。こんな時間だけどまだ開いてる。 僕は重い扉を開けて中に入ると、優しそうなマスターさんに促されてボックス席に座った。 入って直ぐに思った。あなたが好きそうなカフェだなって…… あまり大きくない空間。少し落とした照明。ゆったりとした音楽が流れてる。 ここはきっとあなたのお気に入りのはず…… 向かいの椅子に、あなたが座ってる姿が想像出来るくらい。 僕はメニューを見ながらあなたにメッセージを送った。 『隣のカフェのお薦めは?』 直ぐに既読がついたメッセージ。 良かった……スマホを見れるぐらいは余裕があるみたい。 その数分後、ガタンと音を立てて扉が開いて、走ってきたのか息を乱したあなたが居た。 「……っ…お前」 そのままの勢いで僕のところに来たあなたの手が、僕に触れようとして止まる。 一瞬で、抱き締めてくれようとしたのが分かって頬が緩む。 「……来ちゃった」 イタズラをしたあとの子供のように、口角を上げてそう言うと、大きく息を吐いたあなたの顔も優しく緩む。 「……とりあえず速攻で仕事を片付けて来るから、ここで待ってろ」 そう言うと僕に背を向けて、入ってきた扉に向かう。途中、振り返ると 「……カフェラテ……お前好みだと思う」 それだけ言って出ていった。 ………ちゃんと質問に答えてくれたんだ そういう律儀なところ大好きだよ…… 僕は緩んだ頬を隠すことなく、マスターにカフェラテを注文した。
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