水無月の月

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本を読むのに疲れると、朋子はマンションの3階にある自室の窓から外を眺めて、目をくつろがせた。 バス通りから一つ奥に入ったところにあるマンションで、周囲は閑静な住宅街だった。 一戸建てと低層マンションが適度な間隔を空けて立ち並んでいて、昼間は一戸建ての住人が門の外は掃いたりする以外、人の出入りはほとんどなかった。 ウイークリーマンションだと母親が言っていた建物は人が住んでいる気配がなく、夕方になると廊下に電気が自動的につくのが不思議な感じだった。 少し遠くには市民の森が、さらに遠方には山が見え、その緑が目と心を潤した。 そして視界の手前の方には空き地があって、車が数台停まっていた。そこが正式な駐車場なのか朋子は知らなかったが、柵もなく舗装もされておらず、駐車場だとしても月極駐車場の類なのだろうと思った。 空き地の面積の方が広いので子供が遊び場として利用することも多く、キャッチボール、縄跳び、自転車の練習、花火等、多種多様な遊びに興ずる姿が休みの日などに見られた。 平日の昼間は、バス通りから外れているというだけで、世の中の活動から置き去りにされてまどろんでいるような感じだった。 ちょうど自分の今の状態に近いと、朋子は思った。 静かで刺激もなく、ただ天気に関わりなくしじゅう雨音が聞こえる世界。 外ではもっぱら本を読んでいたが、自宅では「学習」の合間に趣味のイラストや漫画を描いた。特に自作の癒し系キャラ、シマリンは、毎日のように描いていた。 なぜシマリスなのかというと、もともとリスが頬袋に食べ物をほおばっている姿など可愛いと思っていたが、小さい頃クリスマスシーズンにとてもキュートでユーモラスなクリスマスソングを耳にし、それを歌っているのがチップマンク=シマリスと知ったからだった。 ディズニーにもシマリスのキャラはいるけれど、朋子のシマリス愛好のきっかけはチップマンクスだった。 自分の生み出したシマリンも、歌って踊って、見る人に夢と笑顔を届けられたらいいと思っていた。 まだシマリンは世の中に認められていなくて、朋子が創造するちっぽけな世界にしか生息しないが、そんな無名のシマリンにもファンがいた。小学校の時の同級生で、近所に住んでいる奈保がその人だった。 朋子が描いたシマリスを教師や級友にからかわれた時、奈保だけが朋子に味方し、シマリンを可愛いと言った。そしてシマリンの絵をもっと描いてと催促した。 奈保のこの励ましが、朋子がシマリンを描き続ける原動力になった。 奈保はたまに遊びに来て、シマリンの絵の新作を見たり近況を話し合ったりした。 「耳の具合はどう? 病院で診てもらったんでしょ」 「うん。はっきり原因はわからないけど、おそらくストレスだろうって」 「耳鳴りっていうと、普通キーンとかジージーとかだよね。うちのお母さんも耳鳴りあって、セミが耳の中で鳴いてるみたいって言ってた。雨の音っていうのは、ザーザーいうの? 鬱陶しくない?」 「鬱陶しいけど、結局セミの鳴き声と同じことでしょ。慣れればそんなに気にならなくなるっていうか……。まあ、どうしようもないし」 朋子の声が沈んでいくのを食い止めるように、奈保は話題を変えた。 「そういえば、動物園とのコラボ企画で、癒し系動物イラストコンテストっていうのやってるよ。架空の動物でもいいらしいけど、シマリンはシマリスだから動物園にいるよね。応募してみたら? もしかするとシマリンデビューのチャンスかもしれない」 シマリンのことになると、朋子の表情は急に日が差したように明るくなった。 「そうだね。とりあえず応募してみるよ」
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