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光に目が慣れるより早く、朋子は光の正体を知った。
それは、月だった。
毎晩のように曇天か雨空で、もう何日も月を見ていなかった。窓の外に月が見えるという可能性を、居座る「梅雨」が押しやっていた。
月が見えるというだけでも意外なのに、存在感たっぷりに煌々と輝く月があるというのは信じがたいことで、朋子は夢か丑三つ時の幻かと疑った。
満月を過ぎた、月齢17か18くらいの下弦の月だった。そのように、欠けていく月ほど魔力に満ちているものだろうか。
窓から月を眺めているのは朋子一人であるかのように、人気(ひとけ)が全く絶えていた。
まるで月が眠りの魔法をかけているのかとすら思えた。
その魔法が効かないのはこの雨音のせい?
と、朋子は呟いた。
月光と雨音、相反するこの2つが、朋子の中で反発しあいながらしだいに溶け合っていった。
強烈な月の光が、ザーザーという雨音を伴って降り注いでいるのだ。
朋子は、自分だけに聞こえる雨音の正体がこの月光の降り注ぐ音だったのではないかという思いに、からめとられるように捉われた。
次の瞬間、彼女は月の光がある場所を集中的に照らしていることに気付いた。
そこは例の駐車場の空き地で、今そこはスポットライトを浴びたように明るくなっていた。周りの家々の昏睡に陥ったような暗さとの対比が際立っていて、非現実的な空間に見えた。
そこに何か異様なものがあるという胸騒ぎに従って目を凝らした朋子は、「え、えっ!?」という素っ頓狂な声を出した。
彼女が見たのは、3匹のシマリスだった。
遠目にも特徴的な縞と尻尾でそれとわかった。
シマリスは実物とはいいがたい、明るい色に彩色されたアニメのキャラのようだった。アニメ動画を見ているように、シマリスたちは遠近法を無視して大きく見えたり小さくなったりした。
大きくなった時、3匹のうちの1匹がシマリンだとわかった。
「シマリン!……」
朋子は、我が子の晴れ舞台を見るように胸を熱くした。実際、シマリンは我が子のように長い年月愛情を注いで育んできたキャラクターだった。
そのシマリンは、他の2匹の仲間とともに何やら楽しそうに動き回っている。シマリンの目立つ鮮やかな色が、月光と顕著な化学反応を起こしているように輝いている。
朋子はじきに、シマリンたちが月の光で湯浴みをしているのだと理解した。
月の光に温度や感触があるように、シマリンたちはザーザーと注ぐ月光を浴びて飛び跳ねたり転げまわったりしていた。
キャッキャとはしゃぐ声まで聞こえてきそうだったが、聞こえるのは雨音だけだった。
朋子は我を忘れて、シマリンたちが月光浴するのを見入った。
ザーザーという雑音でしかなかった雨音が、シマリンたちの愉悦の伴奏音になるなんて……。
朋子の目に涙が溢れた。
シマリンと月光の光景は非現実としか思えなかったが、現実の何よりも彼女を感動させた。
いつ再びベッドに入って眠ったのか、朋子は覚えていなかった。普段通りに朝、目が覚めて起きた。心なしか、目覚めはいつもに比べて爽快だった。
リビングで朝食のトーストを食べる時、新聞を開いて今日の月齢を確認したところ、下弦の月ではなく新月だった。
彼女はククク、とくぐもった含み笑いをし、自身に言い聞かせた。
「そうよね。あれは夢だったに決まってるじゃない!」
けれども、その時から耳鳴りのような雨音は彼女を不快にさせたり苦しめたりする音ではなく、シマリンが喜ぶ月光の音となり、朋子は自分だけの特別な雨音とずっと共存していけると信じた。
(了)
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