俺と姉貴と唐揚げと

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 サッカー部の辛い練習を終えて帰宅した俺を出迎えてくれたのは、甘酸っぱい香りだった。  疲れ切った体が急速に息を吹き返す。  俺は靴を脱ぐのももどかしく、急いで玄関を上がり、リビングに駆け込んだ  そこにも漂う甘酸っぱいこの香りを前に、胸の高鳴りを抑えることなどできなかった。  出所はもちろん、リビングからつながっているキッチンからだ。 「母さん、今日の夕飯ってもしかして……」 「あんたね、まずはただいま、でしょ」  予想を言う前に母さんに窘められ、俺は心が焦りすぎていたことを認識した。  深呼吸を一つ。 「ただいま!! で、夕め……」 「お帰り。先に手洗いとうがいね」  確かにその通りだ。俺は素直に母さんの言葉に従った。  手洗いとうがいの重要性は今や全国民が認識していることだ。  それを軽んじる我が子であって欲しくない。  母の思い、確かに受け止めました。 「ということで、手洗い、うがいも完了したので本題よろしいでしょうか?」 「夕飯は、あんたの大好物よ。あ、あんた達、か」  もはや疑う余地は無かった。  あれだ。カリカリの衣に甘酸っぱくとろりとした……。 「母さん!! 今日の夕飯、唐揚げの甘酢あんかけよね!!」  そう言ったのは俺じゃない。  たった今、リビングに飛び込んで来た制服姿の女子。平たく言うと俺の姉貴だ。さっき母さんの言ったあんた達の片割れに該当する。  姉貴は文芸部の所属だが、完全下校までしっかり活動するまじめな文芸部なので、いつもだいたい同じ時間に帰宅する。 「俺もそう思った!!」  俺も母さんを見る。 「ええ、そうよ」  母さんはそう言ってニコッと笑った。 「やったぜ!!」 「やったぁ!!」  と、喜んだのもつかの間。  姉貴の食欲(オーラ)が膨れ上がるのを感じた。  もちろんそれは俺も同じだ。  もう第何次なのかもわからないが、とにかく唐揚げの甘酢あんかけ争奪戦開催が決定したのである。  負けられない戦いがそこにはあるのだ。
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