通り雨とタバコのせいで

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目もろくに合わせられないまま、お客様を見送る。 顔を上げると、目の前には、長い行列。 皆、揃いも揃って冷たい表情を浮かべているのが、 未だに見慣れなくて、なんとも不気味だった。 「お待たせしました!お次のお客様、どうぞー…」 こうして、レジの機械と、手垢の付いた札束と、無機質な商品を交互に見比べて、一日が終わる。 くたくたになりながら、制服を脱ぎ、帰り支度をする。 『止まない雨はないから、ゆっくり頑張ろうな』 母さんの口癖だった。もう死んじゃったけど。 今日はあいにくの雨予報。 持ってきたつもりの折りたたみ傘を鞄から探すが、ない。 「…くそ」 多分、忘れたな。 最近は不慣れな夜勤にも疲れて、判断能力が落ちている気がする。 もういいや。 濡れて帰ろう。 コンビニを出て、かなり強めの雨が降る街を、歩く。 肩に触れたしずくは、バシャバシャと盛大に音を立てる。 着古した白いTシャツは、あっという間に薄い肌色に染まっていく。 走る余裕もない。 別に風邪をひいても…困らなくはないか。 やっぱり働けなくなるとまずい。 大人になれなくなるよって、どこかの悪魔が囁く。 傘をさしたすれ違う人々の視線が刺さるが、気にしないふりをする。 ふいに、ポケットからタバコを取り出して気づいた。吸おうと思ったが、気力すら雨の音にかき消される。 『リョウタは天才やなぁ!将来が楽しみやね』 『はよ社長になって、んで、ええ顔見せてくれよ!』 天才?社長? …失敗、失敗ばっかり。 「…は、はは、ハッ、ほんまにアホやんな!」 雨なのか、涙なのか分からない水が、頬を伝う。 一周回って笑いたくなる。 脳が、うまく動かない。 表情筋が、うまく動かない。 心が、うまく、動かない。 酒を飲んでも、タバコを吸っても、神様には手っ取り早く成長したい心理が透けて見えていたのだろうな。なんて。 東京で生きていくって、難しい。 大人になるって難しい。 所詮、俺はお山の大将だったんだなと、思った。 「あー、そういやこないだ俺誕生日やったわ」 またいつものことだ。過ぎた誕生日を一人で祝うこと。 久しく買ってないから、ケーキくらい食べようと思った。 雨はいつ止むのか分からないけれど。 でもこの雨は、暗い心も、不器用な鎧も溶かしてくれる気がする。
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