2016 夏 -2-

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「うちのお姉ちゃんも、美容師なんです」 「へー! だから君の髪、あんなにも綺麗だったのか」 「うん。でも、美容師さん、お姉ちゃんよりも上手です」  彼はハサミを止めて、大きな口をあけて笑う。 「上手なんて言われたの、生まれて初めてだよ。ありがとう」 リズミカルに素早く毛先を整えて、髪が広がらないように梳いていく。顔や首筋に残った短い毛を払いケープを取ったとき、鏡に映ったのはまるで今までとは別人になっていた美緒の姿だった。ロングの二つ縛りをしていた頃の自分はもうそこにはいない。今目の前にいるのは、マッシュショートの新しい自分だった。食い入るように鏡を見ては、その姿に感嘆の息を漏らす。 「髪はうちの美容室から団体に送っておくから、安心してね」  美緒は頷く。預かってもらったポーチを受け取ったときに、中に入っているスマートフォンが鳴っているに気づいた。そうだ、お姉ちゃん! 美緒が慌ててスマホを取り出すと、やっぱり由梨からの着信だった。美緒が電話に出ると、真っ先に「あんた、今どこにいるの!?」と由梨の怒った声が聞こえてきた。病院内の美容室にいると美緒が言うと電話が切れて、すぐに由梨が姿を現した。両手にはいっぱい荷物が詰まったコンビニの袋があるけれど、由梨はそれを絶叫するとともに手放してしまった。床に荷物が散らばっていくのも気にせず、由梨はふらりと歩み寄って美緒の肩を掴んだ。 「み、美緒なの?」  ショートヘアの美緒なんて、それこそ赤ちゃんの時以来だった。由梨は目の前にいるのが美緒だと信じ切れず、何度もぱちくりと瞬きを繰り返す。まじまじと見つめられて恥ずかしくて、美緒は「切っちゃった」とほんのり頬を赤くしながら、照れたように笑う。その笑顔を見て、由梨は唇を噛んだ。病気のことがあって以降、美緒がこんな笑みを見せる事なんてなかったから。嬉しさのあまり涙が出そうになる。けれど、由梨はここで泣く訳にはいかないからそれを懸命に我慢した。 「似合うよ、うん、よく似合う」  由梨が視線をあげると、男性の美容師と目が合った。由梨が泣き出しそうなことに驚いているのか、彼は目を大きく丸めている。 「……ありがとうございました」  それはとても小さな声だったけれど、静かに、美容室の中に響いていった。  美緒が「俊も驚くかな?」と思ったのは、帰りのバスの中。窓に映りこむ自分の姿を見てそう思った。考え出したら、新しい髪型を俊に見せたくなって仕方がなかった。自宅の最寄りのバス停に着いた時由梨と別れて、俊の家に向かった。由梨は楽しそうに歩く美緒の後ろ姿に「遅くならないでよ」と叫んで、たくさん買い込んだ袋を持って自宅に向かう。何だか足取りが軽くなったような気がする。それは由梨だけじゃなくて美緒も同じで、まるで羽みたいに軽くなった足で俊の家まで走り出していた。  息を切らしながら、俊の家のチャイムを鳴らす。中から俊のお母さんの声が聞こえてきて、内側からドアを開ける。彼女も美緒の姿を見た瞬間、驚きの声をあげていた。 「美緒ちゃん!? ほ、本当に? どうしたの、それ……」  そこまで言って、彼女はハッと表情を暗くさせた。きっと俊か由梨から、美緒についての話を聞いていたに違いない。 「体、大丈夫? 何かあったらすぐにおばさんに相談してね。おばさんも専門外だけど、美緒ちゃんの力になりたいから」  俊のお母さんは皮膚科の医者だから、美緒の病気については専門医に比べるとそこまで詳しくはない。でも、その気持ちがありがたかった。おばさんは美緒の両親が亡くなったときも、そう言って寄り添ってくれたのを思い出す。美緒は頷く。 「ありがとう、おばさん。俊っている?」 「……うん、部屋にいるよ。どうぞ上がって」  美緒は靴を脱いで、勝手知ったる俊の家の階段を昇っていく。俊の部屋の前に立ち止まり、ノックをすると「どうぞ」という声が帰ってきた。俊は一体どんな顔をするのかな? ドキドキとしながら、美緒はドアを開けた。 「俊? 今いい?」 「なんだ、美緒か……美緒!?」  初めは、美緒の声で彼女が来た事に気づいた。机に向かっていた俊はその声を聞いて、ゆっくりと振り返る。そして、驚きのあまり、変に裏返った素っ頓狂な声が出た。あわあわと口を広げ、戸惑っているようにも見える。その姿があまりにも面白くて、美緒は噴き出していた。 「え? 本当に、本当に美緒だよな?」 「そうだよ。幼馴染の顔、忘れちゃった?」 「だって、髪が」  美緒は俊に近づく。俊は美緒に手を伸ばし、毛先のあたりを触った。指先が耳に触れてくすぐったい。美緒がクスクスと笑うと、俊は慌てて「ゴメン」と手を引っ込めた。けれど、まじまじと美緒を見つめる俊の視線も同じくらいくすぐったかった。 「似合うじゃん。由梨姉ぇが切ったの?」 「ううん、病院の美容室で。……お姉ちゃんに髪切ってなんて、なんか言いづらいよ」 「そうだな……。すごく良い。長いのよりも似合うんじゃない?」  想像していた以上にいっぱい褒めてくれる。美緒は嬉しいけれど、何だか恥ずかしい気持ちになってきた。美緒の頬がほんのりと桃色に染まるのを見て、俊もドキリと拳を握った。いつもとは違う髪型と見慣れない表情に、俊の胸も騒ぎ始める。それを鎮めようと、俊は「そうだ」と話題を変えた。 「写真、撮っていい? 髪切った記念に」 「……うん、お願いしようかな」  俊はスマートフォンを美緒に向ける。美緒は少し恥ずかしそうな笑みを見せた。俊はシャッターを切るのと同時に、その表情を頭の中に刻み付ける。彼女が大変身を遂げた驚きと一緒に、まるで自分自身に記録を付けるように。何枚か写真を撮った後、俊は思い出したようにバッグを開けた。 「図書館の近くに神社があってさ、知ってた?」  美緒は首を横に振る。俊はバッグを開けて、その中から小さな封筒を取り出す。
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