2016 秋 -1-

4/6
前へ
/47ページ
次へ
 美緒は俊の目をまっすぐ見つめる。そこには「絶対に言う」という決意が込められていた。きっと止めてもそうするんだろうな、と俊は思う。 「わかった。でも、もし嫌なことがあったら俺に話して。絶対美緒の力になるから」 「……うん、ありがとう」  でも、最後には美緒の気持ちを理解してくれるのが俊だった。美緒はその気持ちに甘えてしまう。溶けそうになったソフトクリームを舐める。この味も香りも、自分の中から消えてなくなってしまう。けれど、美緒はそれを体に刻み込もうと思った。今、俊と並んで座っているかけがえのない時間も。体調が良くなったのは、もしかしたら、俊が隣にいてくれたからかな? と美緒は思った。俊と一緒にいるだけで病気が治ってしまえばいいのに……そんな夢みたいなことを考える。俊にはいつ告白したらいいのかな? 今かな? と考えた瞬間、俊は「あ!」と声をあげた。 「写真、撮っていい?」  俊は窓の向こうを指さす。色鮮やかな花壇が広がっていて、とても気持ちのいい景色だった。美緒が頷くと、俊はスマートフォンを取り出す。美緒は、ハッとあることに気づく。 「はい、こっち向いて」 「ねえ、俊……一緒に撮らない?」  いざ口にすると、それは告白する以上に恥ずかしい言葉だった。俊は最近よく美緒の写真を撮るけれど、そこには美緒の姿しかない。それは少し寂しい気もした。美緒は「記念だし」ととても小さな声で付け加える。熱くなっていく顔を冷ますように、一気にソフトクリームを食べる。俊は少し呆気に取られたように口をぽかんと開けて、少し間を置いてから返事をした。 「うん、まぁ……いいよ」  俊はインカメラモードに切り替える。画面には、どこか照れている二人の姿が映し出された。 「美緒、もうちょっと近づいて」 「へ?」 「切れちゃうから、ほら」  そう言って、俊はスマートフォンを持たない方の手で美緒の肩を抱いた。ぐっと引き寄せて、二人の肩同士がぶつかる。触れ合うと、じんわりとした俊の熱が体にすぐに伝わってきた。それは恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しかった。美緒は顔をあげてカメラに向かって笑みを見せる。俊の笑い方は、どこかぎこちなかった。俊はすぐにシャッターを切ったけれど、肩を抱いたまま離れようとしない。 「……俊?」  美緒の呼びかけに、俊はハッとどこかに飛んでいきそうになっていた意識を取り戻していた。危ない危ない……このまま勢いに任せて、自分の気持ちを打ち明けるところだった。それは今じゃないのに。 「ご、ごめん」 「ううん、別に」  どこか恥ずかしさを残したまま、二人は離れる。どうしようかと二人が迷っていると、俊のスマホが鳴った。 「あ、京平から」 俊はメッセージアプリを立ち上げる。どうやら京平が探しているみたいだった。 「トラクターバスに塚原が乗るから、一緒に乗ろうってさ。行ってくる」 「うん、またね」 「あぁ。無理するなよ」  俊が優しく笑った瞬間、美緒は後悔する。どうして今告白しなかったんだろう……彼の背中を見送って、美緒は小さくため息をついた。でも、まだチャンスはあるに違いない。だって、まだ修学旅行は続くのだから。  俊は急ぎ足でトラクターバスの乗り場まで向かう。 「ほら、俊の分もチケット買っておいたから。凪ちゃんの近くに乗るぞ!」 「はいはい」  京平からチケットを受け取る。俊は一瞬、凪と目が合った。その瞳には心配の色が浮かんでいるのがすぐに分かった。きっと、美緒の事が気になって仕方がないんだ。けれど、俊は美緒の事を思い出し口を閉ざした。その代わり「美緒なら大丈夫」と言うように頷く、それで凪にも伝わったらしく彼女も頷いていた。  荷台を引くトラクターがゆっくりと近づいて来る。俊たちはそれに乗り込む……が、凪は二人から離れた場所に桃子と一緒に座ってしまった。京平はがっくりと肩を落とす。 「どんまい」  俊の軽い励ましに、京平はムッと唇を曲げた。 「彼女いるやつに励まされてもなぁ」 「彼女じゃないって、美緒は」 「あー、はいはい。全く、とっとと告白すればいいのにさ」  京平は唇を尖らせる。俊と美緒、幼馴染以上恋人未満の関係にもやもやとしているのは彼も同じだった。 「早く告白しないと、美緒ちゃん、他に好きな人できるかもよ? いいの?」  機嫌が悪いせいか、京平はどんどん俊を煽っていった。そんなこと、言われなくても分かってる――俊にだって、彼なりのプランがあって、告白するときはもっと格好つけたかった。……けれど、それも過去の話。俊は残り時間の少なさを思う。のんびりトラクターバスに揺られているこの間にも、二人に残された時間はサラサラと零れ落ちていく。手術を終えた後の美緒はどうなっているのか、美緒はあとどれくらい生きることができるのか、それはタイムマシンに乗って未来を見に行かない限り分からない。だからこそ、今のうちにできることをしなきゃいけない。  俊も、この修学旅行の間に自分の気持ちを告白するつもりだった。ずっと一緒にいるのが当たり前だった、その当たり前が美緒に対する好意にいつ変わったのかももはや覚えていない。けれど星空の下、絶対に一人にしないと約束したあの時にはもう好きだったに違いない。  これから先もずっとに一緒にいられるように……早くその想いを伝えなければ、俊は焦りを感じるようになっていた。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

108人が本棚に入れています
本棚に追加