2016 秋 -2-

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 それは、美緒の両親が事故で亡くなった後の事。その晩は寂しさよりも、突然『死』というものが怖くなった。死んだら人はどうなるのだろう? 長い夢を見るのかな? でも、お父さんもお母さんもお骨になって、夢を見る体がなくなってしまった。それなら、死んだ人の意識とか思い出とか感情って、どこにいってしまうの? 想像したこともない深い闇の中に落ちて行った時、美緒の背筋がぞっと冷たくなった。自分もいつかそうなってしまった時に、私って一体どうなってしまうの? 考えれば考えるほど怖くて、それを振り払いたくて、美緒は由梨や家に泊ってくれていた親戚にバレないように外に飛び出して、走り出していた。走っても走ってもソレが背中に張り付いたみたいについて来る。    気づけば、あの公園にいた。空気は冷えていて、空を見上げると薄い雲が月を包んでいる。美緒が感じた恐怖はまだ体に残っていて、手をぎゅっと握った。その時、背後に気配を感じた。実態を持たない恐怖ではなく、人の気配が。美緒が振り返ると、俊が「なんだよ、その顔」と少し呆れるように言っていた。 「俊ちゃん?」 「まるで幽霊を見たみたいな顔してるぞ。真っ青だし、大丈夫?」  俊は美緒の震えていた手を取り、温めるように握る。ようやっと怖くなくなって、美緒は「大丈夫」と小さな声で答えた。 「どうして来たの?」 「夢を見て、来た」 「夢?」 「美緒が出てきて、近くにいた方がいいのかなって思って。来て正解だったな」  俊の温かさに触れると、美緒が感じていた不安がすべて和らいでいくような感覚を覚えた。ずっと俊と一緒にいられたらいいのに、美緒はこれから先、何度もそう思うようになる。好きという気持ちを飛び越えて、離れたくないと思う強い愛情を俊に向けるようになっていた。だから――その気持ちを伝えようと思ったのに。  ハッと美緒は目を開けた。部屋は真っ暗で何も見えなくて、まだ眠っているのかと錯覚してしまうほどだった。美緒は起き上がって、手の甲を強くつねった。その痛みが、今は夢の世界ではないと教えてくれる。懐かしい夢を見た美緒は、後から押し寄せてくる現実の残酷さに打ちのめされた。もし眠っている間に、俊に何かあったらどうしよう。不安は次から次へと押し寄せてくる。目覚めていてくれたらいいのだけど、もし最悪の事態が起きてしまったら――いてもたってもいられなくて、美緒はベッドから起き上がった。近くにあったリュックを開けて、俊から貰ったあのお守りを取り出す。それを手のひらを合わせるように包み込み、一度は存在を疑った神様に祈った。 どうか俊をお助けください、どうか死なせないでください。お父さんとお母さんみたいしないでください。――私はもう、どうなっても構わないから!  美緒は、俊が自分の手を握ってくれたことを思い出す。不安なときに寄り添ってくれた俊。けれど、今その渦中にいるのは美緒ではなく俊だった。ならば自分の役割は、同じよう寄り添って手を握ることなのかもしれない。美緒は少し形が崩れてしまったお守りを優しく撫でながら、そう思うようになっていた。  翌日、美緒たちは旅行気分にもなれず、体調が優れないと言って外出することなくホテルに残ることに決めた。京平たちのグループも同じみたいで、彼らはじっと耐えるように、部屋から一歩も出ることもなかった。 「美緒ちゃん、大丈夫?」 「必要なものがあったら言ってよ。すぐに用意するから」  美緒は二人から看病を受けるような状態になっていた。ベッドから出ることも許されず、天井か二人の顔を見るしかない。美緒は二人なら自分の考えてくれること、分かってくれるかもしれない、そう思って今の気持ちを打ち明けた。 「俊に会いたい」 「美緒ちゃん……」 「……俊が入院している病院に行きたいの」 「えっ?」  美緒が起き上がると、二人は「寝てなくていいの?」と慌てる。けれど横になってばかりはいられない。美緒はもう一度はっきりと二人に告げた。俊がいる病院に行きたい、と。桃子と凪は顔を見合わせて、深く頷いた。二人はいつだって美緒の気持ちを尊重してくれる。この時だって、背中を強く押してくれた。 「よし、行こう!」 「牧村にどこの病院に入院したのか聞いてみる!」  凪は「初めてメッセージ送る」とブツブツ呟きながら京平にメッセージを送信する。彼はスマホを見る余裕もなかったのか、返事が来たのはしばらく経ってからだった。三人はマップで入院している病院を確認して、さっそくホテルを抜け出そうとする。けれど、ロビーについた瞬間、美緒は誰かに肩を掴まれた。ぞくっという感覚に振り返ると、怒ったように唇を曲げる保健の先生の姿があった。 「武田さん、あなたは部屋で休むと言っていたでしょう? 早く部屋に戻りなさい」 「で、でも……」 「外出は許可しません。ほら、塚原さんも三条さんも、武田さんと一緒に部屋に戻って」 「あの、先生! 俊……浅香君って、大丈夫なんですか?」  先生は首を横に振り、詳細は分かりませんとだけ言って三人を追い返した。部屋に戻るしかなく、三人はまだ振り出しに戻ってしまう。まだ意識が戻っていないのだとしたら、面会できるかもわからない。それでも、美緒はどんな手段を使ってでも俊に会いたかった。 「よし!」  美緒のベッドに腰掛けていた桃子が勢いよく立ち上がる。 「私、ホテルから抜け出す方法考えてみる! どこか抜け出せる出口がないか、ちょっと探してくるね!」  その勢いのまま、桃子が部屋から出て行ってしまった。美緒は呆気に取られて、凪は「桃子らしい」なんて言いながら笑っていた。 「私たちは病院までのルートでも調べておこうよ。いつでも出発できるように」 「……うん!」  二人の優しさに感謝しながら、美緒は凪と一緒にスマホを覗き込む。バスで行けばいいのかな? それとも地下鉄? そんな事を言い合っていると、突然、その画面がまぶしくなったように感じられた。美緒は目が眩み、次の瞬間、強烈な頭痛に襲われた。右耳の上のあたりを抑える美緒を見て、凪は慌てる。 「美緒っ! どうする、先生呼ぶ?」
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