2016 秋 -2-

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「く、薬が……」  美緒は自分のリュックを震える指でさした。凪は中を漁って薬を見つけ出してくれる。急いでグラスに水を汲んで、薬と一緒に渡してくれた。美緒は痛みに耐えながら薬を飲み、凪に言われるままベッドに横になった。深呼吸をしている内に薬が暴れていた病巣を落ち着かせてくれる。美緒は小さく「ごめんね」と呟くと、凪は小さく首を横に振った。 「修学旅行、来れて良かったね。そんなに悪い状態だとは思わなかったよ」 「……うん。どうしても来たかったの。お姉ちゃんにもお医者さんにも無理言ったけど」  お姉ちゃんには「いざとなったら飛んでいくからね」なんて言われたよ、美緒は少し笑いながら話すけれど、凪は険しい表情を見せる。 「少し早めに、もう帰る?」 「……え?」 「美緒が辛そうなところ、見てられないよ。もし帰れるなら、今からでも」 「いや!」  美緒は叫ぶ。 「俊に会えないまま、帰れないよ、私」  どうしても俊に会いたい。その気持ちが何よりも強かった、今まで感じていた痛みが吹っ飛んで行ってしまうくらい。まるで駄々をこねる子どもみたいに、美緒は頭を振る。 「俊に会えないままなら、帰りたくない。私、ずっとこっちにいる」  美緒の事を思うと、凪は何も言うことができなかった。凪だって、何とかして美緒を俊と会わせてあげたいと思っていた――美緒に後悔が残らないように。そのうち、肩を落とした桃子が帰ってきた。非常口を見つけたけれど、緊急時しか開かないようになっているみたいだった。どうやら、このホテルを抜け出す方法はないらしい。美緒は「桃ちゃん、ありがとう」と囁き、目を閉じた。じきに穏やかな寝息が聞こえてくる。きっと気を張り詰めていて体も心もしんどいままなんだ、と二人は美緒の寝顔を見ながらそう思った。そして、何とかして、何をしてでも美緒と俊を合わせてあげたい、できる限りの事をしたいと考える。しかし、二人がどれだけ悩んでも良い案は浮かんでこなかった。  そして、病院には行けないまま、修学旅行は最終日を迎えてしまった。今日はこのまま、ホテルから空港までそのまま行って帰宅する流れになっている。その前に、ロビーに生徒たちが集められる。主任の先生から注意事項の連絡があったあと、先生は「最後に」と少し重いトーンの声を出した。 「先日事故に遭い意識不明だった浅香君ですが、今日の朝、病院から意識を取り戻したと連絡がありました。命に別状はないとの事なので、みなさん安心してください」  その言葉を聞いて、足から力が抜けてしまうくらい美緒は安心していた。そして、いてもたってもいられなくて、今度は両足に力を込める。顔をあげて、近くにいる凪と桃子に口パクで「ごめんね」と伝えた。二人はそれだけで、美緒がこれから何をするつもりなのか分かったみたいだった。顔を見合わせて、互いに頷きあっていた。  美緒は一気に、集団から抜け出した。突拍子のない行動を止めようと、先生方が走ってくる。しかし、それを凪が体当たりをして止めていた。そして同じように飛び出してきた京平もそれに加わる。美緒が走り出したのを見て、いてもたってもいられなかった様子だった。 「美緒ちゃん、行け!」  京平の叫び声に美緒は心の中で頷いた。美緒はホテルから飛び出して、キョロキョロと辺りを見渡した。病院に行くのは、バスがいいんだっけ? 地下鉄だっけ? 興奮して分からなくなった美緒に、桃子が飛びついた。 「美緒ちゃん、タクシー!」  桃子はホテルの前に停まっていたタクシーを指さす。美緒は扉を開けていたそれに飛び込む様に乗った。桃子がバッグの中から自分の財布を差し出す。 「お金、まだ残ってるから! これ空港に戻るときに使って!」 「でも、桃ちゃん、空港でお土産買うって」 「いいの! 行って! でも、一緒に帰ろうね、約束だからね!」  バタンと勢いよく桃子はドアを閉めた。背後には美緒を止めようとする先生たちの姿が迫ってきている。美緒は戸惑っているタクシーの運転手に病院の名前を告げて、早く行ってください! とまるで叫ぶようにお願いした。運転手も断ることができず、タクシーは滑らかに走り出していく。振り返ると、先生に怒られている桃子の姿があった。ごめん、ありがとう。心の中で何度も同じ言葉を繰り返す。桃ちゃん、凪、京平君。みんな、本当にありがとう。  タクシーは十分ほどで俊が入院している病院についた。運転手にお金を払い、美緒は病院の中に飛び込んでいく。……飛び込んでいったのはいいけれど、どこに行けばいいのだろう? ロビーをきょろきょろと見渡して、まずはフロアマップを探そうとした。その時、美緒は思いがけない人と目があった。 「み、美緒ちゃん!?」 「おばさん!」  そこにいたのは、俊のお母さんだった。めっきり憔悴していて、頬がこけて、目の下には隈がくっきりとあった。きっと事故の一報を受けてから眠ることができていないに違いない。 「美緒ちゃん、どうしてここに?」 「俊に会いたくて、俊は、今どこにいるんですか?」 「……集中治療室よ。だけど……」  家族しか入ることが許されない、それを知ったら美緒はがっかりするに違いない。俊の母はそう思う。けれど、美緒にも時間が残されていないことを彼女はよく知っていた。俊の母は「こっちよ」と美緒を連れていく。集中治療室の前に行くと、俊の母親が来るのを待っていたと思しき医者と目が合った。 「そちらは?」  医者は美緒を見て不思議そうな顔をする。 「娘です。俊の、双子の妹です。面会できますよね」 「ご家族ですか。もちろんです、どうぞ」  美緒は「おばさん」と言うのを必死に堪えた。下手な真似をしたら、俊のお母さんがせっかくついてくれた嘘がすぐにばれてしまう。
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