2016 秋 -2-

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「そういえば美緒ちゃん、修学旅行は? 今日、最終日よね?」 「あ……実は……」  ホテルから飛び出してこの病院に来た事を話すと、俊のお母さんは驚きのあまり口をあんぐりと開けていく。まさかこんな大胆な事をするなんて、そう思っているに違いない。 「だから、もう私空港に行かないと……」 「場所、分かる? ひとりで行ける?」 「これから調べて、ちゃんと飛行機に間に合うように行きます」  子ども扱いをされているみたいだったから、美緒は胸を張った。それでも俊の母は不安だった様子で、美緒に「お金渡すから、タクシーで行きなさい」とカバンを開けた。お札を何枚か財布から取り出して、美緒に握らせる。 「こんなにたくさん……」 「いくらかかるか分からないし、多いに越した事ないわ」 「あの、ちゃんと返しますから。ちょっと時間かかるかもしれないけど」 「いいの。美緒ちゃんはそんな事気にしないで」  二人は病院の玄関に向かう。列を作っているタクシーに近づいた時、俊のお母さんは「美緒ちゃん」と柔らかくその名を呼んだ。美緒は振り返り、俊のお母さんを見つめる。その目は涙に濡れていた。 「俊に会いに来てくれてありがとう」  彼女は両手で美緒の手を包み込んだ。指先がまるで氷みたいに冷たくて、美緒はそこから彼女が感じている不安や恐ろしさを感じ取っていた。 「きっと今日美緒ちゃんに会えたことが、俊にとって力になる。だから、本当にありがとう」 「俊は、これからどうなるの?」 「容体が安定するまではこの病院で入院しなきゃいけないの。ある程度落ち着いたら戻って、うちの近くの病院に入院させるつもりだけど……」  それがいつになるのかは分からないといった様子だった。美緒はただ「俊が帰ってくるの、待ってる」と告げて、タクシーに乗った。空港までと言って、振り返り遠ざかっていく病院をただ見つめる。あれが、あの痛々しい姿が、美緒が手術を受ける前に見る最後の俊だった。美緒はその事実と記憶を振り払うように、元気だった頃の俊を思い出すために目を閉じた。  小学生の時も中学生の時も、隣を歩いて一緒に学校に通ってくれた時の幼かった横顔。    どうしても同じ高校に行きたかった美緒の受験勉強に付き合ってくれた時のまなざし。  高校合格記念と言われて、由梨に言われるがままイメチェンさせられて少し照れていた目元。  小さな頃からずっと一緒にいてくれた俊。その姿を思い出しているたびに、涙が流れていく。頬を伝って、それはスカートにぽつりぽつりと、まるで雨みたいに落ちていく。美緒はそれを拭うことはしなかった。窓の向こうには見たことのない景色が広がっていく。この景色の中に俊を置き去りにして、美緒は故郷へ帰る飛行機に乗るため空港に向かっていた。  空港について出発ロビーに向かうと、同じ制服の集団が目に飛び込んできた。迷子にならなくて良かった、と美緒は胸を撫でおろす。あちらも美緒の事に気づいたらしく、ざわつき始める。 「武田さん!」  みんなに近づこうと一歩踏み出した瞬間、担任の先生が美緒の名を叫びながら大股で近づいてきた。美緒は「まずい」と思う。しかし、もう逃げたりは出来ない。 「勝手な行動はとらないでください! みんな心配したんですよ、分かってますか?」 「は、はい……」  叱られて当たり前の事をしたのだから、美緒は小さくなりながら大人しく先生の説教を聞き続けた。ちらりと視線をみんなの方に向けると、同級生たちはまじまじと美緒の事を見ては何か囁き合っていた。それがまた恥ずかしくて、美緒は肩を落とした。説教はまだまだ続きそうだったけれど、手荷物検査場に行かなきゃいけない時間がやって来た。先生はしぶしぶ話を切り上げて、美緒はほっと胸を撫でおろす。列に混じったとき、桃子と凪、そして忍び寄る様に京平も美緒の近くにやって来た。 「俊は? どうだった?」  京平が一番気になって仕方がなかったみたいだった。美緒はあの痛々しい姿を思い出しそうになって、それを振り払った。顔をあげる。もう二度と泣いたりなんてしない、そう心の中で誓って、三人に笑みを見せた。 「俊ならきっと、ううん、絶対大丈夫」
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