2016 秋 -3-

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— 俊へ  ついに入院しました。この手紙は晩ごはんの前に、病室で書いています。ごはんの前だけど、同じ部屋の人がさっきからすごいいびきで眠っています。夜もこんな感じなのかな? と今から不安です。このいびきを聞いたお姉ちゃんが、明日耳栓を買ってきてくれると言ってくれました。今日は眠れるかな? でも、入院して少し安心したのか、ピリピリとしていた頭痛が少しおさまってきたような感じがします。  この前入院した時もそうだったのだけど、今回もお姉ちゃんがスーツケースの中におかしをいっぱい入れてくれました。そうとは気づかず、さっきコンビニでたくさん買っちゃった……食べてばかりで過ごしそうです。体重測定が今からこわい。  お姉ちゃんと言えば、入院する前(私が修学旅行に行っている間)にモコモコのかわいいパジャマを買ってくれました。とても肌触りが良くて、病院のパジャマではなくてずっとこっちを着ていたいくらい! 病院のパジャマはちょっとごわごわしているから、あんまり好きじゃないです。俊が入院している病院はどうなんだろう?  先ほど、私の髪を切ってくれた美容師さんがお見舞いに来てくれました。どうやら私たちが手続きしているところを見ていたみたい。美容師さんは竹田さんって言います。漢字は違うけれど、読み方が私たちと同じで仕事まで一緒なんて面白いねっていう話でお姉ちゃんと盛り上がっていました。なんだか二人がお似合いのように見えるのは、私の目の錯覚かな?  そろそろご飯の時間なので、今日の手紙はおしまい。ご飯食べたら出しに行きます。 P.S.  この手紙は明日出そうと思います。切手買うの忘れちゃったの! — 俊へ  今日は凪と桃ちゃんが学校帰りにお見舞いに来てくれました! なんと、京平君も一緒です! 最近俊が学校にいないから寂しいって言って、しょっちゅううちのクラスに遊びに来ているらしいです。でもそれは建前で、桃ちゃんと「凪と話したいだけだよね」とこっそりお話ししました。凪は付き合ってあげているみたいです、スマホとか雑誌見ながらだけど。でも、京平君の顔は少しどんよりしているようにも見えました。寂しいのは本当だと思う。  京平君は私も入院したことをとても驚いていました。二人がお見舞いに行くと聞いて、自分も行きたいといって一緒に来てくれたようです。京平君に、俊に手紙を書いてるんだよと言うと、クラスの様子を教えてくれました。どうやら大学受験に向けてもう一段階上がった感じがする、らしいです。俊がいないので勉強にも身が入らないと言っていたけれど、京平君も成績いいから問題と思うけどね。 —  この手紙を書いた数日後また凪と桃子がお見舞いに来てくれた。大きな紙袋から「ジャーン!」という桃子の元気いっぱいな声と共に取り出したのは、色とりどりの折り紙で出来た千羽鶴だった。 「わぁ、すごい! 二人で作ったの?」 「まさか! クラスの皆で折ったの、美緒ちゃんの病気が良くなりますようにって」 「浅香君のクラスでも始めるって牧村が言ってたよ」  きっとすぐに俊の元にも同じ千羽鶴が届くに違いない。美緒は丁寧に折られた鶴一羽一羽に込められた祈りに感謝した。 「ありがとう、みんなにそう伝えてくれる?」 「もちろん! どこに飾ろうかな?」  桃子がそれを手にベッドの周りを見渡した時、どこからか咳払いの声が聞こえてきた。桃子がとっさに口を閉じる。 「……ちょっと騒がしかったかな? 場所変える?」 「それなら、病院の一階にカフェがあるからそこに行かない?」  桃子は「イイね!」と言う代わりに何度も頷いていた。美緒は看護師にカフェに行ってくると告げて、三人は病棟を出た。桃子は息まで止めていたのか、苦しそうに肩を上下させながら呼吸している。カフェでそれぞれ飲み物を注文して席に着いた時、凪がもう一つ、ピンク色のリボンがついた包みを取り出した。同じように桃子も続く。 「これは私たちから個人的に、美緒へのお見舞いね」 「開けてみて」  美緒はリボンをほどき、中身を取り出す。凪が出した包みからはブランケットが、桃子がくれたものにはケープが入っていた。赤いチェックの柄がお揃いで、肌触りもよくて、とても暖かそう。美緒は「嬉しい」と笑いながら二人の顔を見る。 「いいでしょ? これから寒くなるし、美緒が風邪ひかないようにって」 「肩も結構冷えることあるし、ブランケットとお揃いの柄があって良かったよぉ」  二人の優しさと気遣いに美緒は深く感謝する。何度もありがとうという言葉を繰り返していた。 「……そうだ。あのね、俊から手紙が来たの」  そう言って、美緒は一通の茶封筒を取り出した。今日届いたばかりの手紙。これが美緒の病室に届いた時、飾り気のない封筒が俊らしいなと思ってくすりと笑ってしまった。二人は「見てもいいの?」と少し遠慮していた。美緒と俊、二人の間にずかずかと踏み込んでいくみたいで何だか申し訳ない。 「俊が頑張ってるところ、他の人にも見て欲しいの。お願い」  その手紙の文字はガタガタとしていて、いつもの俊の文字とは全く違った。それが今の俊の精いっぱいであるという事を、誰かと共有したかった。凪はそれを受け取り、桃子と顔を近づけて一緒に読み始めた。 — 美緒へ 手紙、ありがとう。 さいきん、固形物をたべることができるようになりました。 かあさんと医者がいろいろ相談していて、つぎの皮ふイショク手術の経過がじゅんちょうなら、思ったよりも早くそっちの病院に入院できるかもしれません。 あと、京平に美緒のクラスにめいわくをかけるなと言っておいてください。 —
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